
炉心の虜
商人が客を呼び込もうと張り上げた声が、風に乗って後ろから前に通り抜けてゆく。あちこちから悲喜の上がる――人という人が集まっているのではないかというほどに賑わうドンドルマフェスタの人混みを掻き分けながら、ザクロは片腕いっぱいの荷を落とすまいと抱え直した。
重たい木箱に詰まっているのは、モガの村からタンジアの港を経由して届いたばかりの素材だった。チャナガブルの外皮から、食用に向かない部分を同郷のよしみで安く融通してもらったのだ。あの孤島――ザクロにとっては“森”だが――を生き延びたモンスターの素材は品質が良い。
先に届いた書簡には、約束よりも多く入れておいたと記されていた。あのハンターが張り切ってくれたのだろうか。チャチャとカヤンバのやり取りを懐かしみながら、ザクロはふふ、と笑みを溢した。故郷との繋がりを感じたからというのもあるが、これから起きることを思うと、口角が緩んでしまうのもしょうがない。
「これならヴェルナーさんも……」
「俺も、なんだって?」
「えっ――――」
路地裏から出てきた男の影がザクロを覆う。
首を傾げたヴェルナーもまた、片腕に木箱を抱えていた。はみ出すように挟まれた交易品の証明布から、それがベルナ村からのものだとわかる。ドンドルマフェスタにはドンドルマに暮らすほとんど全員が参加すると言っても過言ではないが、知り合いと出会すにしても出来すぎているとザクロが口を開いたり閉じたりしていると、ヴェルナーの背後から慌ただしい足音が聞こえてきた。
「おいそこの、急いでんだどいてくれ!」
「え?」
「おっと」
ザクロが事態を把握するよりもはやく、その背中が壁にぴったりと付く。いや、付けられた。
「はー、危ねぇな……」
目の前を料理人と思しき男たちが駆けて行くと――ザクロを壁に押し付けるようにしていたヴェルナーの腕が離れていって、そこでようやく、ようやく、彼女の口から「ヴェルナーさん……」と言葉らしい言葉が出てきた。
「そ、その、ありがとうございます」
「いや別に」
それより、と一寸の間も無くヴェルナーが返す。
「その荷物。工房行きでいいのか?」
「どうしてわかったんですか」
「あー……あんたは特別、わかりやすいからな」
「……みんな、逆のこと言いますけど」
「そうか?」
ヴェルナーはしばらくザクロをじっと見つめて、「わかりやすいと思うんだがね」と言いながら彼女の肩を軽く叩く。些細な変化。自分だけに見せる顔。気付かないわけがないというのに、本人は無意識でやっている。ヴェルナーはなんだかおかしくなって、誤魔化すようにザクロが抱えた木箱を取る。軽々と持ち上げて背中を向けた男の態度に、今度はザクロが首を傾げる番だった。
「ま、考え込んでもあんたにはわからんよ」
「むっ……」
「じゃあ――帰るとしますかね」
言うが早いか器用に人の波を掻き分けてゆくヴェルナーの足取りはいつになく軽い。
「ああっ、待ってくださいヴェルナーさん!」
置いて行かれないようにとその後を追うザクロには、彼が微笑んでいることなど予想もしていなければ、決してわかることもなかった。