
君のための国
柘榴が気を病んでから、百年が経つ。
死神にとっても短くはない月日を、彼女はこのしろくてちいさな部屋で過ごしていた。実の兄のように慕っていた男と、血を分けた妹のように可愛がっていた女を連れて、彼等が夫婦になるのだと大喜びしていた日から、もう百年。あの日、二人分の死覇装を握りしめて柘榴は言った。
『死なせてください』
――――聞けない相談にも程がある。
「二人の墓参りに行ってきたよ」
百年。
百年を此処で過ごしてもらうことにしたのは俺の意思だ。
忠告が無かったわけではない。考え直すよう言われたこともあった。しかし、譲れないことだった。
柘榴は俺に目線もくれないまま身を起こすと、はだけた襦袢を直しもせずに自身の手頸へ触れる。ちいさなころから変わらない、不安になったときの癖だ。比べてしまえばまともに見ていられないほど痩せ細ってしまったが。
「また痩せたな。眠れてるのか?」
枯れ木のようだと思った。強い風が吹けば折れてしまうほどの。肺病のそれとは違う痛みが胸を襲う――細い糸で絡め取られて、鋭く絞め上げるような。俺は柘榴の近くへ腰を下ろし、せめてもの気持ちでそっと肩を抱く。
「なあ柘榴、いい加減食事に手を付けくれないか。頼むから少しでも……お前の霊力が弱っていくのを感じるのは、正直、つらいんだ」
首を括ってはいけないから、着物に帯も付けてやれない。
窓から落ちてはいけないから、檻を付けてやった。曲光で隠した扉の鍵は俺だけが持ち、俺だけがこの部屋に出入りできた。百年の間こうしてきた。お前のために痛んだ胸の辺りを押さえていれば、不意にやつの言葉が思い起こされる。
『あの娘が可愛いのはわかるけどさ、……もうよしたらどうだい』
京楽、お前ともあろうものが読み違えるなんてな。
『柘榴ちゃんの身は四番隊に任せてさ。顔合わせる度に言われてるじゃないの、こちらで引き取りますからって』
俺が、俺がどんなに柘榴のために心を砕いてきたのか。どんな想いで、ずっと柘榴を見守ってきたのか。
『いつまでもキミに縛り付けてちゃ、彼女も――』
…………皆、お前がかわいそうだと言うよ。
俺も、俺だって、そう思ってるさ。けれどずっと、花の舞う隊舎の片隅で、日差しの照り付ける池の畔で、木枯らしの吹く道の途中で、雪のちらつく静けさのなかで、ずっと、恋に落ちたままなんだ。なのにお前が俺の手から離れてしまったら、俺はいったいどうなるんだ。ふっくらとしていたお前の頬が、さくらんぼみたいだったお前の唇が、俺を呼んで微笑んでいた百年とすこし前のことを、まるで昨日のように覚えているのに。
「柘榴、少し――いいか?」
あの時も俺は、こうしてくちづけてやりたかった。
こうして、誰の目にも入ってしまわないように抱き締めてしまいたかった。
「……嫌じゃ、ないのか。柘榴……もっと、してもいいのか?」
柘榴は俺の唇を受け入れて、俺の腕に抱かれて、首を振らない。押し返しもしない手が、布団の上でちいさく丸まっている。ああ、本当に……可愛いな……――