
ふたりはひとり
「冷えますよ」
備え付けの窓から吹き抜けた木枯らしが執務机の上に積もった書類をはためかせる。更にその上、文鎮代わりに置かれた本のタイトルは――浮雲。二葉亭四迷の代表作であり、彼が二葉亭四迷と名乗るに至った起因となる作品だった。
「このままでいい」
その二葉亭が、窓際の壁に寄り掛かったまま眠たげな眼で此方を見る。
此処なら不思議と眠れるから、というようなことを言って彼が司書室で仮眠を取るようになってから、こうして私の留守中に入り込んでしまうのはもういつものことだ。司書室とはいえ婦女の部屋、いっそ助手にしておくのはどうかと逍遥さんに言われもした。それでは長谷川さんが仕事場で眠る不良になってしまうと返したけれど――言う通りにしておけば、ここまで近付かずに済んだのだろうか。今更になって思い出す忠告だった言葉は、しかし当時であっても手遅れに違いなかった。
赤らんだ鼻頭が、過ごした時の長さを語る。
不眠を理由に来ているくせに、横にもならずこうして寒風に当たっていたのか。その自棄にも取れる行動の理由までは読むことができず、私はそっと長谷川さんの手を取ってみた。
「ほら、冷たい。コーヒーを淹れてきましょうか」
「……いや。気を遣わせるくらいなら出ていくさ」
「私には、話せませんか」
――あなたの苦悩を分かち合うには、私では足りませんか。
こんなことを考えさせるほど、私の心に、入り込んでおきながら。あなたは黙ってしまうのですか。
「お前だから話せないこともある。……つまらん男の意地だ、許せ」
「許すもなにも、私だからとはなんですか」
「フ、……お前は、俺に惚れてるだろう?」
額に触れ、離れていって、噤まれた口を恨めしく思いながら。私も何も言えないでいる。ああ、寒い、さむい。