
ベイビー、逃げるんだ
『ミュージシャンとして、ファイターとして、そして――ひとりの男として。ディージェイは本物の一級品よ、キスのひとつでもすればすぐにわかる。貴女にもね』
あの艶やかな林檎に似た唇から囁かれた言葉は、真実だった。
男の柔らかい唇が離れたかと思えば、惜しむ間も無く頭は欲望に支配された。与えられているものなのか自らの内から発せられるものなのか、快楽以外の感覚を鈍らせる熱が全身を駆け巡って否応無しに火照る。
何も知らされず(或いは、それこそが知らせだった)ホテルのカードキーを渡されて、言われるがままに訪れた。ノックをして、鍵を開けて、恐る恐る進んだ先では、憧れのスターがシャンパングラスを両手に携えて私を待っていた。信じられない。信じられない。今だって信じられない!
「〜〜っイ、イく、またイ、イきます、ぅ、あっ、あ、あっ」
男の、ディージェイの指が、私から出入りして、し続けていた。大きな手は感じるところをリズミカルに突きながらクリトリスを優しく撫でて、器用に私を追い詰める。身を捩って、腰を引いて、ベッドの端へ到達すれば中心へ戻されて、お仕置きでもするかのように激しくされてまたイってしまう。聞こえる声は一人分。私のみっともない声が、オーシャンフロントの開け放した窓から出ていく。外はまだ明るくて、空の青があまりにも近く見える。飛んでるみたいに、頭の中がこんがらがって、浮かんでる、鳥、落ちる。落ちてる――――
「おっ、ぁ、あっ、ああっ、あ゛、ッッ……」
「ハッハ……派手にイってくれて嬉しいぜ、Baby」
「ふ、っぅ、ごめ、ごめんなさ、ぃ、いく、イって、ます、も、やだ……っ」
「昨日――パーティーに居たのを見つけられてよかった。ちょっと聞こえただけだったが、良い声だと思ったんだ。思った通りだった。……柘榴、だったか?」
私から伸びる一本の糸を引っ張られるように、視線は男の方へ向いた。このひとは、名前を呼ぶだけで人を思い通りにできるのだと思った。見つめられる。頷いた。微笑まれる。笑った。また、名前を呼ばれる。腰が跳ねた。
「良い子だ」
眩暈がした。