夢を見たひとびと

 断首を控えたそのひとは、かつてと変わらず輝いていた。

 夫だったものの首を収めた壺を両腕に抱えて小首を傾げると嫋やかな笑みを浮かべてみせた柘榴を前に、程普は静かに目を細めた。国を捨て、民を捨て、臣下を捨て、衣を捨て。ただひとつだけ、亡き夫の首だけを持って死のうとしている痩せこけた――はずの彼女はしかし不思議なことに男が愛したままの姿で、見間違いかと思えど、やはりかつてと変わらず輝いている。
 程普は恭しく一礼してから跪くと、夢にまで見たほど美しい、宝玉に勝るとも劣らない双眼を見つめた。彼女の花の顔をこんなにも間近で見たのは忘れもしない出逢いの日以来のことだ。喉の乾きを覚えながら、程普は口を開く。
「相も変わらぬ美しさよ。老いも若きもことごとくがそんなあなたのために狂った。……我輩は、黄泉路の供を務めるお許しをいただくためここへ参じました。老い先短いこの命を――」
「なぜ?」
「覚えておられませぬか。ですが、我輩は第一の臣下のつもりで生きておりました。雨の日も風の日も晴れの日も御身をお守りし、その命にはなにがあろうと従った。あなたに名を呼ばれたあの日から、……あなたに捨てられたあの日まで、我輩の心にはあなただけがあった」
「なぜ?」
「…………愛していた。愛している。あなただけを見ていた。結ばれずとも、想うことだけは許されようと胸に秘め、しかし叶わぬ夢を見ながら」
 老輩の戯言と一笑に付されることに怯えていた。死を前にしてようやく告げられた思いの丈を、愛しい女はまるで意味がわからないという顔で聞いている。悲しくなどなかった。程普は、狼狽えもしなかった。かつての彼女もそうだったのだから、突き刺されるような痛みにもすっかり慣れていた。
 腐臭の漏れ出す壺を抱え直した柘榴は「わからない」と言うと、程普から目を離さないまま「あなたのことも知らない」と続けた。そして男が何も言わないまま拳を握ったのを認めて、顔を背ける。
「……お許しくだされ」
 程普は震える柘榴の手を取って口付けると、そのまま彼女の指へ噛み付いた。
 虎が我が子へ肉を食らうにはこうするのだと教えるように、噛み千切れる寸前に至るまで強く。白い皮膚が破れ、血が滲む。吸い取りながら尚も噛み付く。骨をも砕かんとばかりに力を込めれば、女の眼からぽろぽろと涙が溢れた。
「や、……めて」
「……何故?」
「痛い、の……」
「は……はは、はははっ」
「やめて、やめてよ……」
 か細い声を無視して、程普は彼女の腕から壺を奪い取ると離れた壁へと投げつける。割れた陶器の中から腐りきった男の首が転がり出る。その妻は悲鳴を上げながらそれに這い寄ろうとし、力尽くで制止される。逃れようとがむしゃらに暴れる女の首へ程普が吸い付けば、柘榴はやっと諦めた。
 男は最初からこうしてやればよかったと思った。目映い輝きを放つ彼女の身体を抱き締めて、はつこいのように陶酔した。
 きっと、この世にあってはならないひとだった。

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