
もしもおまえが悪魔でも
「おや、……おやおや」
明け方――アスタリオンが狩りから野営地に戻ると、片隅に丸々とした兎が一羽居た。アスタリオンは自身の牙を隠そうともせず大胆に近付くと、無防備に鼻をひくつかせるだけの兎を一気に捕まえてしまう。暴れもしないその獣は、無論、本当の兎ではない。ドルイドであるタヴが気まぐれに変身した姿だった。
アスタリオンは常に持ち歩くようになった動物会話の水薬を呷り、胸元に擦り寄るタヴを抱き直す。腕の中に収まる兎は普段見かける野兎よりも遥かに大きく、ありふれた家畜よりも見事な肉付きで、知らなければ喜んで獲物にしていただろう。あっという間に寛いでしまっている姿は、アスタリオンにだからこそ見せる隙だ。なんて可愛いんだろうか――堪らない気持ちで食欲と共に湧き出でた生唾を飲み込んで、アスタリオンはタヴのふかふかとした腹に顔を埋めてしまうと、肩を震わせて笑い始める。
「本当に堪らないな――俺たちの中で一番の毛並みの持ち主を独り占めできるなんて。それに、この腿」
「そこの……肉がいいのか?」
「美味そうだからな。まあ、お前はいつも美味そうな首を見せびらかしながら歩いてるが。今の自分の姿を鏡で見たことはないのか?」
「…………いや、いい加減私の血を飲み飽きたのかと」
「まさか!」
アスタリオンはタヴの――兎の小さな鼻に口付けると「俺を偏食家にして困るのはお前なんだぞ」と囁いて、わざとらしく牙を剥いてみせる。冗談のようだが、本心でもあった。すっかり血抜きされた恋人を抱いて夜を明かすことになる可能性は未だに無視できない問題なのだから。
けれど、とぬるい考えが頭を擡げる。けれど――。
「困らせてみろ、アスタリオン。知っての通り私は手強い」
もう少しだけと甘えたくなる。もう少しだけと欲張ることをやめられない。恐れながら踏み込んだ先に、柔らかい微笑みと温かい体があるのだと覚えてしまう。お前がそんなやつだから、俺の心はどうかしてしまう。
アスタリオンは努めて“完璧な”微笑みを浮かべて、タヴを強く抱きしめた。壊さないように、離れないように。お祈りでもするかのように。