
天使の夢でさようなら
卑劣な真似をしている。と、ラシードは甚だ苦々しく思いながら奥歯を噛んだ。
それが快感を堪えようとする時の顔に似ていたものだから、彼に跨がる女は大いに笑いながら仰け反った。夜空を模した装飾を施した天蓋を正面に白い喉を無防備に晒す、女の乳房が笑い声と共に揺れる。
ラシードにとって、こうして彼女に行為を中断されるのはいつものことだった。
それからいつものようにぴたりと止まる声を密かに惜しみながら、文字通り一息入れて吸い込まれた空気の分だけ素直に膨らんだ腹を見る。吐き出された空気以上に薄くなる下腹、その中に収めたままの自身の輪郭が僅かに見えた気がして指でなぞれば、こんな時にまで好奇心を止められない性が可笑しくなって、ラシードは女の視線が戻ってくるまでの数秒、静かに笑った。
「…………ラシード、楽しそうね」
「まあ、うん。柘榴とこうしてゆっくり過ごせるなんて久し振りだし……ああ、もっと顔見せて。次にいつ会えるかわからないんだから」
「そんなことないと思うけど」
「え?」
「会えないのも、二人でゆっくりできないのも、ラシードが私を呼んでくれないからよ。会いたいならいつでも会えるのに」
その応えに、ラシードの片眉がぴくりと上がる。
「あなたが望めばね」
付け加えた一言の重さを、その柔らかな声音に刺される心地を、彼女はまるで分かっていないのだろう。ラシードは無邪気に言って退けた柘榴の胸を下から掬うように揉んで、拗ねてみせる代わりにぴんと立った乳首を強く摘む。反射めいて上がる甘い声を聞いても、慰めにはならない。ラシードは、胸中で彼女の言葉を繰り返す。
オレが望めば。……オレが望めば、きっと。
きっと、なんて要らなかった。確信はとっくに得ていた。だからこそ、口にするのが恐ろしい。現に、既に、ラシードは彼の望むまま柘榴から“その”言葉を引き出してしまっていたのだから。
「ラシード。私の可愛い、王子様。さあ次は、どんな願いを叶えましょうか」
まるで魔女が呪文を唱えるようにそう言って、柘榴は緩慢に腰を動かし始めた。女はあらゆる手段で欲を掻き立てようとする。これもまた、ラシードにとってはいつものことだった。そして耐え切れず陥落した男のうらぶれる様を見つめ――――ラシードが望んだことなのに、と、不思議そうに呟いて首を傾げるのだ。
卑劣な真似をしている。彼女のせいに出来るものならしてやりたいと考えながら自嘲するラシードの強張った顔に、柘榴の唇が優しく降り注ぐ。その口際は当たり前のように、三日月の姿を借り笑んでいた。
――綺麗だ。と、奥歯を噛み締める。