愛だけになっても

ざくろ殿、そろそろお休みになられてはいかがですかな」
 夕方に運び終えたばかりの物資を数えていたら、信愛さんが来ていることに気付かなかった。落ち着きのある高すぎも低すぎもしない声に振り返れば、音を立てず閉められた障子の向こう側は月のせいか明るくて、僅かに覗いただけの庭の松の木の緑すら目に眩しく焼き付いてしまう。
「……もうそんなに?」
「ええ、足を運ぶのが躊躇われたほど」
 笑い混じりに言った信愛さんは、羽織っていた胴服を脱ぐとわたしの肩にかけて「眠れませぬか」と問いながら、その視線を用意されていた褥から特地解放機構の支援物資に移す。警戒。緊張。無理もない――数日前から、邪気の湧き出る勢いが増していた。
「あと、これだけで終わるので。終わったらすぐに眠ります」
 ここにあるものはすべて追加要請したものだ。武器に食糧、薬品や様々な道具、必要だと思ったものを一通り。ひとりで数えるには多すぎるように見えるだろう――石動理事の反対を押し切って単独任務にしていただいた。暇のないことがありがたかった。
 物資の中から『胤森用』と記載された紙袋を取り、その中身を確認もせず口に放り込んだ。常用濫用を禁ずる、という注意書きを無視して。
ざくろ殿――そちらは?」
「睡眠薬です。……ええと、眠りにつく手助けをしてくれる薬ですね」
 危険なものではないですよ、と付け加える。
 正しい使い方をすれば、とは言わない。
「奇応丸のようなものでしょうか。随分と小さくなったものですな」
 この時代にも似たようなものがあったらしく信愛さんは納得したのか頷いて、しかし。
「では、もう構いませんね」
 ――と言って胴服ごとわたしの肩を抱くとそのまま褥に寝かせようとするものだから、おどろく。こんなことをする人だったのかというよりも、品の良い雰囲気で隠されていたちからの強さに。
「……あ、あの、信愛さん」
 夜着を被せられて声がくぐもる。
 隙間から差し込まれた手にどきりとすれば、それはたちまち手頸を掴んで「起き上がろうとしてはなりませんぞ」と釘を刺してくる。どうやら諦めるまで離してくれはしないらしい。
「その、薬が効いてきたら、嫌でも眠れますから」
「左様ですか」
「ですからね――」
「でしたら、これは“お願い”です」
 信愛さんは。
「あなたが眠るまで、わしが見守ることを、許されよ」
 ……信愛さんは、なにを、言っているのだろう。
 寝たふりをしても、離れてゆかない。寝相の悪いふりで振り解こうとしてみても、信愛さんの手はわたしの手をやわらかく掴み直してしまう。ぼんやりとしたあたまじゃ、かたくてぬるくて、わからない、きもちがわるい――あなたの気持ちがわからない。きっと一生、わかりっこない。

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