
傾れ込むように愛
「おかえり、トター。ビーンスープができてるよ」
シラクーザ産のトマト缶と煮詰めた豆。火を止めてレードルでかき混ぜれば、ロドスで分けてもらったと言ってトターが持ち帰ってきたハーブの匂いが立ち昇った。
まだ硬くなっていないパンを適当に切り分けて、チーズも添える。
彼は見た目よりもよく食べる。食べられるときに食べておきたいのだろうと思っていたら、そうじゃない、と首を横に振られたのはいつのことだっただろうか。足りないようなら仕込んでおいたピクルスを出せばいいだろうし、干し肉にも余裕があるから――と、そこで気づく。
いつものがない。
ただいま――そう返ってくるはずの声がいつまでも聞こえなかったのだ。
振り返ってみれば、ドアも閉じずに佇んでいたトターが、ぼうっとしたまま私を見つめているではないか。彼の頭や肩の上に積もっていた雪の塊が溶けながらぼたぼたと玄関に落ちて、くたびれたブーツと同じくらいボロボロの床を濡らしている。
「トター?」
冷え切っているだろうトターのために暖めていた室温が一気に下がってしまった。
私は腕を手で摩りながら彼に近付き、まるで動きそうにないのを見るや否やすぐにドアを閉める。ギュ、と木の擦れる音がする。私のために鍵を取り付けようかとトターがぼやいてから半月は経つけれど、彼が自分の指を釘で打ち付けかけてからは作業が止まっている扉だった。私が見張っておける日にやることと約束してからいろいろあって作業は止まり、今もそのままになっている。
「ねえ、トター」
「…………」
「トターってば、どうしたの?」
「……あ、ああ。すまない、ザクロ」
「なにかあったの?」
「特に何も。……そうだ、羽獣を仕留めてきた」
私の目には受け取った言葉通りに見えるトターは、けれどどこかぼんやりとしたまま羽獣を差し出す。狩猟用のクロスボウによって一撃で仕留められたのが一目でわかった。きれいに血抜きもされている――別の使い道のためにトターが保存しているはずだ。
「わあ、ありがとう。明日は御馳走だね」
「ソテーがいいな。ほら、この間の」
「そうしようか」
「ああ、……………」
そこで再びぼうっとしてしまったトターに、これはどうしようもないと呆れながら、私は思い当たる唯一を突き付けてみることにした。
「……あのね、トター。もしかしてなんだけど」
まさか、まだ私がここに居るのが信じられないってわけじゃないよね?
恐る恐る聞いてみれば、トターは一瞬だけ複雑な顔をしてから頬を指先で掻く。
今すぐキスでもしてあげようか。……なんて、スープがもったいないから思うだけ。