
二番目のひと
「心中でもしてみましょうか」
「ああ……、はぁ?」
執筆が煮詰まっているという問題を除けば、とても長閑な午後だった。
情緒も焦すほどの熱気から逃れるように辿り着いた避暑地は胤森と過ごすのに相応しく、書き損じては縺れ合うための布団は殆ど敷きっぱなしの状態だったが、私も君も暫く前から気にしていなかった。
そう。執筆が煮詰まっているという問題を除けば、理想的な時を過ごしている。……いた。君は首筋に薄っすらと汗を滲ませながらも涼やかに、しかし物騒な提案を訂正しないまま微笑んだままだ。困惑した私の頬に手を添えてくすくすと笑う姿は大人をからかう童女のようでもあったが、冗談を言ったわけではなさそうだった。はだけたシャツから覗いている胸元から、甘い匂いが立ち込める。買ってやった香と混ざり合う、おんなの匂い。
「……心中なんて、軽々しく口にするものではないよ」
「どうして」
「どうしてもなにも、試してみるようなものではないだろう。それに」
「先生はとっても頑丈だけれど、私は無事では済まないものね」
じゃあやめておきましょうか。あっけらかんとそう言い退けた胤森は、私の視線にようやく気付いたとでも言いたげな態とらしい態度を挟んでから、その手で包んだ豊かな乳房を上下に揺らす。パブロフの犬の如く生唾を飲み込んだ私を嗤うように笑みを深めた唇は、「徳道さん」と誘い込む。
私は、真っ新な原稿用紙の上に万年筆を置いた。
双丘に顔を埋めて、思う様に息を吸った。
……なにもかもわかっていて言うのだ、この女は。私が君の誘いを断れるはずがないことを。それでも苦渋の決断で、素知らぬ顔で、努めて冷静な面で、君のどうしようもない刹那的な性質をなんとか窘めていることを。
知っていながら、なぜ。
「あ。そうだ」
「君、まだなにか悪巧みがあるというのかね」
「ふふふ、ねえ、徳道さん。あなた他に女を作ってみたらどうですか」
なぜ。なぜ、突き放すようなことを言う。
「もちろんお遊びなんかじゃなく、本気のひとよ。それこそ、心中するほど愛せるひとと愛し合ってしまえばいいの」
「それで」
その女と共に死のうと決めておきながらおめおめと生き長らえた惨めな私を慰めるため現れる君は、いったいなにをくれるというんだ。
「それで、……君が私を、一番に愛するというなら」
主導権の奪い合いに近い接吻を交わしながら押し倒し、欲情の証を擦り付ける。布越しに触れ合うだけでも互いのからだが燃え上がってしまいそうなほど熱いのがわかる。私の重みに堪え兼ねたのか苦しげな声を上げる君の喉に食らいついて、痕を残しても――まるで、ものにした気がしない。
…………ああ、ならば、してやろうとも。
君の肉を骨を魂を可愛がるため囲い込むため私だけのものにするためにどうしても必要だというのなら、なんだってしてやろう!
「柘榴……」
君が手に入るなら、我が身の傷など安いものだ。犠牲に痛む胸も無い。……ただ、たった一瞬でも君を手放すことだけが惜しい、“お誘い”だね。