猫にでも聞けばいい

 これだけ居れば貸したくもなるか。
 と、間部詮勝は隠し刀の住まいで腕を組んだ。にゃごにゃごと鳴いて奔放に過ごしている猫を舞い込んだ依頼に合わせた数をまとめては送り出す隠し刀の動きは手慣れており、感心するべきなのか、それが“隠し刀”かと呆れ返るべきなのかと考えあぐねながら。
「しまった」
 隠し刀が呟いて、一匹の猫を抱える。
「……なにか問題か?」
「目算を誤った。余ってしまった」
 この通り。と間部に向かって猫を突き出した隠し刀は、続けて口にする――「そうだ。青鬼、借りてみないか」と。

「それで、お試しだなんだで押し負けて借りてきたんですか。おっとっと、ぼくの筆を噛んじゃあだめだよ……やんちゃな子だねぇ」
 隠し刀の手から間部を経由し、今は子墨の腕の中へ収まる猫が、彼女の仕事道具を口から放してにゃあと鳴く。鼠取りでもやらせればいいと言われるがままに連れて来たことを後悔しながら、間部は眉間に皺を寄せて子墨を見つめた。傍目には、ほとんど睨んでいた。
 いつもならば勝手に擦り寄ってくる女の興味は猫に注がれ、仮にも客人だというのに自ら茶を淹れなくてはならない始末だ。まだ熱いそれを一気に飲み干して、畜生相手に悋気擬きを起こしかけている心を諫める。
「猫は好きか」
 思えば、子墨はかつてあの女――村山たかの側でも遊郭に住み着いた猫を撫でるなどして暇を潰していた。すぐに何処かへ行っては戻ってこなくなる傍迷惑な幼子を探すのにも、猫の鳴き声は役に立った。子墨に与えられていた娯楽は乏しく、今ほど世間を見聞きしていなかった彼女にとって、気まぐれでも愛情に応える猫はきっと慰めだっただろうことは想像に難くない。
 しかし、好んでいるのかどうかまでは知らなかった。どうでもいいことだったからだ。今さら疑問に思うなぞ馬鹿馬鹿しいと思いつつ、間部は子墨の答えを待った。
 猫を抱いたまま――雄か雌かは知らないが、とにかくそれが胸元で落ち着くまで待って、子墨は間部に視線も寄越さず口を開いた。
「好きですよ」
 既に、見ればわかる無意味な問い掛けと化している。
 話を広げるつもりもなかった間部は沈黙を返して、眉間に刻まれた皺を増やさんばかりに眉を寄せた。そのいつもと変わらないような沈黙を不思議に思ったのか、子墨はようやく間部に微笑みかける。待っていたようなそうでもないような、はっきりとしない気持ちで、男はやはり沈黙を返した。
「猫だけじゃなく犬も好き、鳥も好き、馬も好き、それに鼠や、魚も好きです。見るのも描くのも戯れるのも――朝から晩まで続けたって飽きません」
「……左様か」
「間部サンのことも好きですよ」
「…………」
「ところで、もしやそこな狼さんは拗ねておられる?」
 子墨の戯言は時折り的を射て――癪に障る。間部は子墨のにやけた顔を見て、下手なことを言えば更に巫山戯るだろうと考えたが、しかし、こんな場面で上手いことを言えるような性格でもなかった。打つ手の無い男は、女の次なる一手を甘んじて受ける。
「ぼくの気のせいじゃなければ、間部サンも撫でられたさそうな顔をされてますよ。順番だとわかっているけど待ちきれないって顔です」
「なにを馬鹿な……」
「……なーお」
「ふっ……あはは、今のは間部サンの真似かい」
 随分と低く鳴いてみせた猫へ鼻を寄せて、子墨は「それともそろそろお帰りかな?」と聞く。肯定のようにまた鳴いた猫は彼女の腕からするりと抜け出た。棲家へ戻るのだろう。
 その場に座ったまま貸し猫が去っていくのを見送った子墨はまだ温もりが残っている腕を名残惜しげに摩ると、「少々やんちゃではありましたが、いい子でしたね」と呟いた。
 ……それは単なる感想で、そのはずだったのだが、生物として同列に並べられたばかりの間部には挑発として効いてしまった。「ふん」と不満げな男に体ごと向き直った子墨が妙に苛立っている彼の様子を訝しげに見ていると、間部は何を思ったか口端を上げて子墨に迫る。
「――獣なら、貴様を取って食らうのも道理だな?」
「…………はあ」
 まさか間部が冗談を言うとは思えず、子墨は生返事をして暫く固まり――それからいつになくぎこちない仕草で間部から距離を取ると、こう言った。
「あの、ほ、本気で言ってるわけじゃないでしょうね?」

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