清濁併呑、御手の物

「先生、お茶をどうぞ」
 ザクロがティーポットを傾けて、ファビウスのカップへお茶を注ぐ。湯気と共に立ち昇る独特の甘い香りは、彼女の故郷の茶葉を使ったものだ。最初こそファビウスが内密に支援船へ依頼していたことを咎めたものだが――
「……おいしい」
 安堵の吐息と共に溢れ出た一言へ、軽装で寛ぐ男が「ああ」と返す。
 小型モンスターどころか、モリバーすら滅多に通らない安全地帯。彼のコートは収納ボックスの上に畳んで置かれ、ザクロも『たまにはいいだろう』と説得されて仕事道具をテントの中へ置いてきた。
「君が淹れると格別だな」
「ま、またそんな……」
 ファビウスの笑みには、いつも弱い。
「謙遜なぞしなくてもいい、本当のことだ」
 英雄と呼ばれる類いの者が決まって人々を導くように、人心を掴むのが上手いのもまた優秀なハンターの証だろう。ザクロは彼の微笑みを躱そうとして、ファビウスの反対側、緋の森の澄んだ水へと移した。その水面は陽光を受け、煌びやかに踊っている。この豊かな森に棲む鳥の声、悠々と吹き抜ける風に、繁茂する草木。まるでそれぞれが吟誦でもしているように感じてしまうほど、見事だ。
「鳥の隊からの調査報告通り――とはいえ、実際に体験すると想像以上の迫力ですね。ありがとうございます、ファビウス先生」
「喜んでもらえて何よりだ。君の意見を聞きたかったのもあるが……それに、」
 学者として、人として生きて、緋の森へ惹かれない者が居るだろうか。
 ――君さえ良ければ、私が護衛につこう。
 例に漏れず未知への期待を抱いてやってきたザクロへフィールドワークを持ち掛けたのは学術院に於ける彼女の師、ファビウスだった。如何に多忙な“ファビウス卿”も、祭事の期間は羽を伸ばせる。それでも立場から遠慮していたザクロだったが、誘われてしまえばくすぐられた好奇心は止められない。
「近頃、こういった機会を設けられなかっただろう?」
 そしてなによりも、ずっと歳の離れた――故に秘匿している関係の男女にとって滅多にない逢い引きの機会。ザクロが思わず振り向けば、彼の完璧な笑みは一瞬で彼女の心を絡め取った。
「先生……」
「ただ、ファビウスと。今は君と私の二人だけだ」
 ファビウスの分厚い手が、ザクロの肩を抱き寄せる。テントの番をしていたアイルーに頼み事をしたのはこのためか。と、今更になって気付いたザクロは寄せられる唇を拒めない。
「ん……っ、あ、ファビウスさん……」
 拠点で物陰に隠れて交わす一瞬の喜びとは違う。
「舌を」
 自然界では得てして雌が雄を食らうものだが、これは逆だ。唇の隙間から入り込んできたファビウスの舌はザクロの恭悦ごと彼女の舌を舐めて、燻らせてきた慾を煽る。ファビウスが手ずから仕立てた従順な肉体が懸命に応えれば応えるほど、彼はそれを上回る熱で返した。
 だが。
「ファビウスさん……っ、もっと……」
 だが、此処は二人の秘密を閉じ込めておける部屋ではない。
 ファビウスは理性を以て、しかし名残惜しげにザクロを味わい尽くした舌を引く。もっと若ければこのまま押し倒しもしたのだろう、と、いつの間にかシャツを掴んできた女の手を優しく解いてやりながら言った。
「今日はここまでにしよう。すまないが――」
 そんな大人の振る舞いを制したのは、彼よりずっと若い恋人の無謀だった。
「やだ……」
 譫言のように幼いことを言った彼女の手が、ファビウスの腰のベルトを掴む。
「待て」
 まさかあれだけで――と、ファビウスは思った。
 口付けあれだけですっかり逆上せるようにしたのは彼だというのに、ザクロがトラウザーズの下にあるものを求めるほどだとは思わなかったのだ。
「待つんだザクロ……こら、よしなさい」
 ザクロは膝立ちになるとそのまま、冗談で済ませられるラインを軽々と超えてファビウスの下着にまで手を掛ける。そして躊躇いなく、僅かに布を押し上げていたそれを取り出した。
「あっ……♡」
 歓喜の声に迎えられたペニスが、ぴく、と反応を示す。
 まだ完全とは言い難いものの勃起したファビウスのものを、ザクロはうっとりとした瞳で見つめた。逞しく、今までに何度も彼女を責め立ててきたものが視界いっぱいにそそり立っている。どんなに頼んでも弱いところを執拗に突いてきた亀頭の先から、滲むように汁が垂れてきている。ファビウスは息を呑んで、ザクロがその先走りを舐め取るのを見た――見届けてしまった。本気で止めようと思えば止められた行為を。
「君の、痴態を……見られるかもしれんのだぞ……っ」
 それでもまだ抵抗を続ける彼の理性が、どうにか説得の言葉を絞り出す。
 尤もだった。もしもここに誰か――それこそ話題に出た鳥の隊や、誰だっていい、ギルドが共有しているテントには誰が来てもおかしくない。今は出払っているだけで、整備のためにアイルーが戻ってくるかもしれない。だからいけない。
 彼の主張は正しかった。
 ファビウスの言うことが正しくて、ザクロは正しくない。だからザクロは涙すら浮かべて、ファビウスをたっぷりと見つめて、首を横に振られてから、忘我にも近しい状態で彼の股間に顔を埋めたのだ。
「……嫌いに、なりますか?」
「……いや――まさか。ただ私は、君のために……」
 愛河に脚を取られて溺れそうになっているおんなの胸には、ファビウスの正しさが槍のように突き刺さっていた。彼の生徒として相応しくなるため学んできた。彼の部下として相応しくあるために働いてきた――それなのに、彼の恋人として相応しくいられない。
 自分自身への失望は、女を自棄に走らせた。
「…………もう、嫌われても、いいんです。先生……ん♡」
 ザクロはファビウスを、ファビウスが想像するよりずっと愛している。だのに、いや、好きで好きで堪らないからこうするのだと言わんばかりに、ザクロの小さな口が大きく開いてペニスを頬張った。
「ぅん――は、っん」
 舌でもいっぱいいっぱいになっていた口の中、上顎の凹凸で亀頭を擦る。巧くはない――巧くあってたまるものか。その拙さがファビウスの血を沸かせるのだとも知らず、ザクロは“教育”された性感帯で拙い奉仕を試みる。
ザクロ、まだ止めても……ぅ、あ……っ」
「んん、む、っはむ、……ん゛ぅ♡」
 先走りが溢れ、女の唾液と混ざり合ったものがぼたぼたと落ちていく。質量を増したペニスが不意に動くと、ザクロは嬌声を出す代わりに喉奥を締めて悦んだ。愛しい男の精を求めるあまり、無意識に射精を促している。
「ふぇん、ん、せぇ……だひて……♡」
「ぐっ、う、それ、だけは……っ」
 ファビウスは無意識に、彼女の頭を掴もうとし――その手で自身の顔を覆った。ザクロが刺激し、煽っているのは、ただの欲望ではない。とてもじゃないが見せられない己の嗜虐心が頭を擡げているのを感じながら、ファビウスは唸るように言う。
「だめだ、こら、ザクロ……は、なしなさい……ッ」
 警告に等しかった。
 ――――けれど、無意味だ。ずっしりと種を蓄えた精嚢から上がってきた精の味を求めるように、ザクロが、ぢゅっ、と音を立てて吸い付く。途端、ペニスが大きく脈打った。
「……ッん、ん゛ッ、ぅ〜〜♡♡」
 喉を叩くように勢いよくビュルビュルと放たれたファビウスの精子が、ザクロの咥内を犯す。
「な、なんてことを、するんだ。……っあ……ぁ、ぐぅ……ッッあ゛……っ」
 ファビウスにとって予想外だったのは、ザクロがそれでもペニスを離そうとしなかったことだ。むしろ粘液を一滴も逃すものかとペニスを頬張り続け、ごきゅ、ごきゅ、と喉を鳴らして呑み込んでいる。
 それどころか、だ。
「……も、もう、気は済んだだろう、……離れなさい」
「ぅん……♡」
 尿道に残った精まで余さず求めるおんなのすがたに、ファビウスは眩暈すら覚えた。ザクロは興奮から肩で息するファビウスを見つめながら、射精を終えたばかりの柔らかなペニスを味わっている。
「わかっていないな、吸うなと言っているんだ」
 そしてそれは、親子ほど歳の離れた彼女の舌が、再びファビウスの尿道口を掠めたときだった。
「……っザクロ、本当に……で、る……!」
「っぐ、ん、ん゛――ッ?!ん゛♡!?ッ♡♡♡!!」
 ファビウスのペニスから溢れ出てきた液体――尿がザクロの喉を焼いた。反射的に飲み込みながら目を見開いて、口の端から垂れてくるもので手を汚し、ザクロは、……ザクロの脳は、よろこんで・・・・・いた。
「ぁ――ごほっ、ぇ、あぅ……」
「……っは……あ゛……すまない、だから止め――いや、本当にすまない」
 ファビウスは口早に謝罪を繰り返して、自身のカップへ白湯を注ぐとザクロに持たせた。
「ほら、口を濯ぐといい。まったくなんてことを……」
 ザクロは酷い興奮から肩で息をしていたが、今度は素直に言うことを聞いて白湯を口にする。だが、咥内に残っていた精液と尿と唾液が混ざったものを岩の上に吐き出したのを見て、ファビウスが安堵したのも束の間。
「…………ファビウスさん」
「なんだ?」
「勃ってる……♡」
「……――っ、君のせいだ」
 どうしてくれる。そう呟いて、ファビウスは愛しい恋人を見つめる。
 愛しくて、愛しているうちに、いつのまにかどうしようもないオンナに育った、かわいいザクロ。このまま行き着くところは地獄だろう。きっと、それでもいいと笑う――――そんな女が、腕の中で咲いている。

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