桜桃罪過

「――意外に思うか?」
 運転席の祖父が、缶コーヒーを傾けながら私に問うた。
 私は「そうでもないよ」と、祖父を真似て缶ジュースを傾ける。みかんの粒が思ったよりも流れ込んできて咳き込んでしまった私の背を、骨張った手が優しく撫でた。眼前のエアコンから温とい風が吹かない代わりに開けられた窓から冷たい潮風が、「慌てるでない」と、生温い吐息が顔にかかる。幼少期から変わらず間抜けな私を昔と変わらず真面目に心配する祖父の優しさよりも、寒さの方に意識が行く。良く言えばクラシカルな古臭い車内には私が食べたファストフードのジャンクな匂いが充満していて、それを嫌う彼のせいで体はすっかり冷えてきっていた。
「おじいちゃん、そろそろ窓閉めてよ」
「ならん」
「かわいい孫が風邪引いちゃってもいいの」
「我輩の血を継いでおきながら泣き言を吐くな」
「あとで消臭剤買ってあげるから」
「我輩がやった小遣いから出すのだろう」
 まったく――続けながら、祖父は後ろ手でハンドルを回して窓を閉める。そして、年嵩に見合わない温度の手を私の頬に添えた。
 目蓋を閉じる。苦味と、香ばしさと、湿り気を帯びた唇が重なる。
「……悪いことを覚えたな」
「どっちの意味?」
「…………言わせるか?」
「ううん。いいよ、……いいよ、どうでもいい」
 徳謀さん。甜姫。互いの名を呼び合った私たちは、ネクタイを解いて、リボンを外して、テーラードジャケットを脱いで、ブレザーを脱いで、ファスナーを下ろし、プリーツスカートをたくし上げる。「許せよ」と、掠れた声が耳を舐めた。
 ――許されたいなら、私が許そう。そして他の誰にもあなたを咎めることを許さない。決して、罰など与えてやりはしない。

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