
愛、有るまじき
封鎖された竜岩砦の問題を明日に持ち越すと決めたダークアージ一行は、バルダーズゲートを目の前にして騒つく胸底と向き合うためにも早々に休息を取ることにした。幸いにして今夜のシャレスの抱擁にはそれぞれで借りられるほどの部屋があり、この先で宿を得られる保証も無い上に些かながら金銭的余裕があったため――勿論、望んで野営地に残る者も居たが――ようやく文明らしい文明に守られた寝床で体を横たえる願いが叶うのだ。
柔らかなベッドの上で、ひとりのティーフリングはどうにも落ち着かない様子の恋人を見る。
先程から机の上の杯を手に取っては戻し、天井を見ては床を見て、かと思えば考え込むように腕を組んだりと――果たして、彼が我々と共に来ることにしたのは正解だったのか?
穢れた衝動を抱える女には、正しい道を選んできたという自信が無かった。未だに得体の知れぬ己と、由来も知れぬ衝動と、夥しい数の死と鮮血に彩られているとしかわからぬ過去。自分の正体と向き合うのは、ノーチロイド船で目覚めてからずっと恐ろしいことだった。
「ハルシン」
呼び掛ければやっとベッドの縁へ腰掛けたウッド・エルフの広い背には、女の鋭い爪が刻んだ傷がまだ生々しく残っている。ダークアージはその背中に寄りかかって瞼を閉じると、慣れない温度に眉尻を下げた。
女はすっかり、死ぬよりも、壊れるよりも、たったひとりの男に嫌われることが恐ろしくなっていた。
リヴィントンに到着して間もなく彼の想いを伝えられ、迷いながらもその手を取った日の、たった一夜の交わりだけで、だ。彼の温もりを知る前のダークアージならば鼻で笑っていたかもしれない。記憶を失う前のダークアージならば、吐き気を催して顔をしかめたのかもしれない。だが今は、そうではない。そうではないから、恐れてしまう。
「お前が俺の名を呼ぶだけで、俺の心は満たされていく。どうした?」
「……そうだな、キスをしないか?」
「喜んで」
ハルシンの快い返事にダークアージが安堵したのも束の間だった。
女の視線は強制的に天井へ移り、それからすぐに視界を男が埋め尽くす。啄むように唇を吸われ、伺うように差し込まれたはずの舌は瞬く間に彼女の舌へと絡み付き、圧倒していく。上顎を優しく撫でられてしまうと、ダークアージは堪らず爪先に力を込めた。上から下へ自然と流れ込んでくる唾を飲み込んだ音はやけに大きく鳴って、羞恥を掻き立てられる。
空気を吸えるタイミングがやってきたかと口を開けば股座に硬いものが押し当てられて、塞ぎ止めるものが無いせいで自然と媚びる声が出た。
あの夜、女を散々な目に遭わせたものだ。
ダークアージは、しかし冷静な女だった。すぐにでも受け入れる準備が出来てしまいそうなほど逆上せる頭でも、あの夜、前後不覚の寸前に迫りそうに乱されながら何故か物足りなさを覚えていたことも思い出す。野生の姿も味わってみるべきだったのか、或いは――――
「俺を見てくれ……」
意識を引き戻された先では、ハルシンの、捕食者の眼差しがダークアージという獲物を真っ直ぐに捉えている。
「お前が欲しい、お前を感じたい、俺を感じてほしい」
そう囁かれながらまるで挿入しているかのように動かれると、ダークアージは気を抜けばこれだけで達してしまうのではないかと思えた。互いの性器が布越しに擦れ合っている。硬度を増した男性器が、時折抉るように強く押し付けられる。強大な捕食者の提案に、獲物は頷くしかなかった。この状態で拒めるものかとも思った。
「良かった。優しくすると言ったはずが、結局そうはならなかったからな……あれで懲りてしまったのではと思っていた」
「ふっ……ぁ、っああ、そうか」
「だが、お前も俺を求めてくれているのなら、遠慮する必要も無い」
落ち着きの無さはそういうことだったのか。女が納得するのとほとんど同時に脱がされていった服と下着は投げられて、ハルシンの衣服もまた宙を飛んでその上に被さった。常であれば咎めているところだろうが、既に些末なことと化している。
欲しい。とにかく、なにかが欲しいのだ。
――欲しい。欲しい。欲しい。
慣らそうとする指が、急かすダークアージを無視してじっくりと中を擦っている。余った指で陰核を捏ねられながら同時に乳首へ吸い付かれれば、目の前が暗くなる。そして明るくなる。点滅している。イっていた。息が止まっていることを指摘され、はっとして口を開けばハルシンの舌が入ってくる。騙し討ちのような真似をしてまで口内を侵す男の胸を叩くが、意にも介さず続けられる蹂躙はあっという間に女を次なる絶頂へと導いた。だというのに、わかっているだろうに、ハルシンはダークアージを休ませるつもりがない。
彼は、求められるまま与えている。単純な理由だった。
「ッ――ひッ、い、いってる、ハルシン、だめだ、あっ、ああ、そんな……っ」
「ん……良いだろう?」
その通りだ。ハルシンの言う通りだ。
認めてしまえば楽になれるもので、ダークアージが快楽を享受すればするほど彼女の喉からは調律を誤ったピアノのようにままならない声が上がる。その無様にも映る姿を楽しんでいるらしいハルシンのペニスは、未だに女の浅瀬で水音を立てて遊ぶばかりだ。入れてほしい。突いてほしいと、必死に訴えられてもいるというのに。
「ぅ……ぅあっ、あ……ハルシン……!」
「ああ、ここに……ここに居る」
「あ゛っ、あ、ぉ……あ、あっあ、いっ、いい、はるし、ハルシン……手、手を……」
「手?」
「いい、から……あ、あっ……両方だ」
「構わないが、……手をどうするつもりだ?」
ハルシンは困惑を隠せないままダークアージの手に自らの手を重ねれば、存外に冷えていた指が男を迎える。そして、彼が温めてやろうと握り込んでやるよりもはやく女はそれを己の首元へと持っていった。
絞めろとでも言うつもりか――かつてそんな趣味に付き合わされかけたのを思い出し、男は眉を顰める。期待に満ちて潤んだ赤い瞳がハルシンを見ている。嫌な予感は的中していた。
「ダークアージ、これは……」
「お願いだ。……こうしないと、満たされない。…………意味が無い、これがいい」
壊してくれ。と、女がかつてないほど甘い声でハルシンを誘った。
「……どうしても、なのか?」
試すように、ダークアージの首に掛けられた指へ力を込める。それだけでハルシンのペニスを濡らすほどの愛液が溢れた。男の腰に回された女の脚は緩やかに彼を内側へ押し込もうとしていた。男の耳には、理性と本能のバランスが崩れていくときの、激しい鼓動にも似た音が聞こえている。
「…………――わかった」
やめてくれと言うはずだった口がそう告げて、女の首を柔らかく絞めながら詫びるように口付けた。
「絞めて、あっ、ぐ、奥に……来て……ハルシン……」
「ダークアージ…………」
「あ、あ゛ぁ……っ!」
せめてこれ以上は傷付けまいと緩やかに腰を使うハルシンのペニスは硬度を保っていたが、快楽に集中できていないのは明らかだった。涙が出るほど優しい男だ――ダークアージの堕落した脳は僅かな罪悪感も覚えることなく無間の闇を彷徨いながら、彼の首に手を掛ける自分の姿を思い描いている。その息が止まる瞬間を誰より近くで感じる自分を。
望むものははっきりと見えていた。
見たくもないのに、見えていた。