きっと翼も隠している

 自主学習に熱心なのは良いことだ。質問されれば答えるが、声を掛けるまでもない。鍋を割るのは褒められたことではないが、心配する義務があるわけでもない。だが、割れた鍋の破片を拾うためにしゃがんだ姿を見てしまえば、伸ばされた手に何の保護もされていないことを認めてしまえば、杖を振ってやらないわけにはいかなかった。
 跳ねるように此方へ向いたパウリの顔が青褪めている。ゆっくりと――そうすることしかできない、残念ながら――立ち上がれば、視線が泳いだ。言葉よりも雄弁な仕草が彼女の怯えを語っている。いよいよ嫌われてしまうだろうかとは思うものの、座り直すには不自然なものだから仕方無く、仕方無く――パウリから少し離れた位置に立った。
「……す、すみません、先生」
「素手で拾うなと以前も注意したはずだ。まさか一年生で習う呪文まで忘れたとは言うまい?」
「はい。あ、あの。本当に……」
「ああ――わかっている、君の呪文学の成績は非常に優秀だ。闇の魔術に対する防衛術も、付け加えるなら変身術もな。聞いたぞ、連鎖するように失敗した挙げ句に集団パニックへ陥った生徒たちを元の姿へ戻すのに大活躍だったと」
 私が言葉を続ければ続けるほど項垂れていくパウリに、なにをどう言えばいいのかわからない。口が上手い男ならあっという間に彼女を慰めて、励まして、笑わせたりもしていたのだろうかと思う。減点を告げてピリオドを打ち、会話という本を閉じてしまうのは簡単だった。それでも次の言葉を探そうと悪足掻きする私を私が他人事のように見つめている――馬鹿なことを。そう言っている。ポームパウリに好意を抱いているという自覚が生まれたのと同時に現れた、私を否定するための私が侮辱の眼差しを向けてきている。
「君は、……最後の最後まで諦めないのだったな」
「あ、う……はい。あの、お、覚えて」
 私が頷くと、パウリは「そ、そそ、そう、ですか」といつもより酷く吃りながら、二度と戻らないのではないかというほど縮こまってしまう。その姿は――

『才能が無い、というのは、先生にとって諦める理由になりますか。わ、わたしにとっては、なりません。資格が無いのだと諦める、のは……本当に最後の最後が、いいです、から』

 と言ってみせた一年前の君とは大違いで、私は思わず溜め息を吐いた。
 あれから君の努力を見続けてきた。君は薬学の理論を理解し、レシピの隅々までを覚え、作業の手際だってずっと良くなった。君は君の言葉を証明し続けてきた。……だというのに。
「覚えていない方が良かったのか?」
「……ぇ、あ、そんな」
 私を恐れるばかりに諦めるなど、あってはならない。
 そんな君など、君ではない。
 パウリに向かって踏み出す一歩は、想像よりも軽かった。君の震えた肩に手を置き、腕を取る。抵抗してくれ。引き寄せれば体ごと私の思いのままになった。抵抗しろ。抵抗しろ。私に屈しようとするな。ポーム、君はもっと、気高いはずだ。
「ごめん、なさい。ご、ごめんなさい、シャープ先生」
「違うだろう」
「シャープ先生、わ、わたし、ごめんなさい」
「違うだろう……ッ!」
 パウリは私から顔を逸らし、泣いている。私は私の所業を非難し、謝罪を要求し、彼女を放すように訴えている。私は私の声を無視して、パウリの腕を掴んだ手に力を込めた。細く、脆そうで、――だが。私の信じる君ならば、大丈夫。
「せん、せ……いたい、痛い、です……先生……っ」
 言ってくれ、『大丈夫』だと。言ってくれ。言ってくれ。言ってくれ。
 言ってくれ。

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