閑暇の企て

「……鬼でもやって来たのかと思いましたよ」
 開口一番にそんなことを言われるものだから、利通は眉間の皺が深まるのを感じながら詰るようにその人を見た。
 並の者なら震え上がって恐縮するであろうその視線を気にする様子もなく、子墨は寝そべったまま利通に向かって笑みを作ると「そんなに怖いお顔をしてると、本当にそうなっちゃうかもしれませんねぇ」などと宣ってようやく身を起こす。
 小春日和に相応しく、のんびりと。
 利通は気の抜けるような心地を味わいながら、眠気を堪えているのだろうか、ぼんやりとしながら目蓋を瞬かせている子墨の横に腰を下ろして「“鬼”の方がよかったか」と呟いた。
 それからすぐに、しまった、と己の拳を額に当てる――あからさますぎた。子墨を前にすると言わなくてもいいことを言い、出さないでおきたかった感情が漏れ出てくる。何度目かの後悔に歯噛みしそうになった自分をくすくすと笑うその声が、情けなくも慰めになったのが救いと言えなくもない。
 ――が。
「ふぅむ。ぼくが鬼を好いてしまうのか、鬼に好かれてしまうのがぼくなのか、なーんて」
「……なに?」
「ま、そもそもの赤鬼とはあれきりですがね。それで……大久保サンは何鬼になるんでしょう?」
 利通は時折――このような時に、子墨がいっそ気を持たせることもなく、自分に興味など抱かないでくれていたらと思ってしまう。
「おや。あはは、どうして黙ってしまうんです」
 じっと黙り込んでしまった利通の顔を覗き込んでくる姿を前にすれば立ち所に霧散していくような空想だ。空想に過ぎない。もしも本当にそうなってしまうことがあるならば、きっと、自身の暴力性を以て望まぬ現実を歪めてしまうだろうとも思った。
「大久保サン?」
 愉快そうにしていた子墨が、いよいよ不思議そうに利通の頬へ触れる。その冷たい指先を捕まえると、利通は「それ以上、お前の口から鬼の話が出てくるならば」と言って続ける。
「悋気で狂いかねんと言えば……笑うか、子墨
「りん、き」
 利通の目は本気だ。
 子墨の指先を潰しかねない程の力を込めて、そうまるで、鬼のように恐ろしい顔で訴えている。
 しかし。
 それに応じる子墨の表情は……嫋やかに、凪いでいた。
「そんなあなたも、面白い。面白いものは、ぼくの好物だ」
「………………そうか」
「けれど、そうですね。それを愉しむのは――――閑暇に身を持て余すときにでもいたしましょうか」
 おんなの微笑みが、おとこの激情を優しく撫でる。そしてやはり、利通は思うのだ。
 何故惚れてしまったのか、と。

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