フェアリーテイルにくちづけて

「この写真か?」
 トターが眺めていたボロボロの紙切れに見えたそれは、古びた写真であった。
 彼は隠すこともないと言うように、興味本位で声を掛けたオペレーターに写真を見せる。今にも粉々に崩れてしまいそうなそこでは、彼が傭兵として故郷を出る前なのだろうか、現在いまよりも生き生きとした表情を浮かべる髪の短いトターと、人事部に長年所属するオペレーターにも見慣れない、うつくしい少女がサルゴンの密林を背景に並んで微笑んでいる。
 ――少女は、煤けた光輪を持つサンクタだった。
 堕天。
 オペレーターに走った緊張を見透かして、トターは薄く笑う。
「安心してくれ。彼女は――そうだな、俺は、姉さんと呼んでたんだが……」
 トターは眼鏡を外して、見えないはずの写真をじっと見つめてから懐にしまう。
 姉といっても血が繋がっているわけではない。商隊が通りがかることも稀な部族のなかで、子供として一括りにされて育った幾人のなかのひとりだ。と、トターは言った。
 ――サンクタが居ることだって、そんなもんだと思ってたさ。
 トターはそう続けると、今度は遠くを見た。
 窓の向こう、地平線には何も見えない。いや、彼の目には砂埃を巻き上げて飛び立つ羽獣でも見えているのだろうか。オペレーターはトターが口を開くのを待った。疑問は多く、時間は余っていた。そもそも、彼女はどう見てもトターよりずっと年下であった。だというのに姉を名乗り、トターも姉弟として接してきたことに、必ず理由があるはずだと睨んだ。
「実のところ、大した理由は無いんだ」
 故に、オペレーターは呆気にとられた。
「競争で俺が負けたのさ。……今思えば、あれは病み上がりのときを狙われたのかな」
 とはいえ、トターが負けたのか。
 想像し難い。オペレーターが呟くと、トターは「単純な射撃の腕なら姉さんの方が上だった。狩人に向いてたのは俺だったが」と返す。
 サンクタの中でも奔放な類いの女だろう、それならば少しは想像がつく。調子に乗り始めたオペレーターに続きを促されたトターは、「そうだな……」と言って、口を噤んだ。視線は下を向き、沈黙が続く。落ち着きなく組み直される指を認め、オペレーターはしまった、と後悔する。しかし、沈黙を破ったのはトターだった。
「姉さんは……俺にとって、憧れだったのかもしれないな」
 オペレーターは、その続きを聞こうとはしなかった。
 トターもそれ以上話そうとはしなかった。そして、「時間だ」と言って立ち上がる。けれどその去り際、トターは聞こえないほど小さな声で語ってみせる。
「良い思い出だったのか、悪い思い出だったのかも、本当はもうよくわからないんだ」

 ――――トターは一人、ロドスの中を歩く。
 左足を引き摺りながら、医療部で痛み止めを多く処方してもらおうかと考えながら。
『ねえ、トター』
 トターは一人だった。だからこれは、朧げな記憶が生み出した幻想だった。
『いつかどこかで私を見ても、私を私だとは思わないでね』
 トターは唇を噛んだ。
『私のようなものを見つけても、あなたの目に映るのは、一羽の鳥だと思ってね』
 悲鳴。戦塵。苦痛。恐怖。爆発。源石。血。血。血溜まり。
『姉さんとの約束、弟なら守ってくれるよね?』
「ああ。わかってる、わかってるよ……姉さん」
 だからあの日――――あの日射抜かれたのは、なによりうつくしい、鳥だったのだと。

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