そんな女

「不思議なものですね」
「……君もだ、と返すべきなのか」
 赤松は無意味に眼鏡を掛け直すと、七輪に団扇で風を送り込む胤森を見た。少女の華奢な体に無骨な軍服は似合わない。花柄の小袖にでも袖を通せば、誰がどう見ても可憐に映るのだろうに――そこまでを考えて、赤松は思考を振り払うように自身の頭を軽く横に振る。胤森柘榴は、彼の子供でもおかしくない齢だ。行き過ぎた考えだな、と、男は努めて冷静に考えを切り替える。
 胤森が不思議と言ったのはその日に収穫されたばかりの松茸に対してで、彼が不思議に思っているのは胤森の無邪気さに対してだった。火の通り始めた松茸からは、良い匂いが立ち上っている。人間から生えてきたきのこは、赤松が能力の制御訓練を受けはじめてからもかつてと変わらない品質を保っていた。匂いが良ければ、味も勿論良い。“それ”に味を占める子も居るだろうからくれぐれも気を付けていただきたい――岩元から言われたことを思い出しながら、赤松は胤森の横に立つ。

『あなたのお声を聞けば、誰でも眠りに落ちるのだと聞き及びました』
『君は、……ここの生徒か?』
『わたくし――――わたしを、助けていただけますか、せんせい』

 赴任してきたばかりの赤松に声を掛けてきた日の彼女は風が吹けば倒れてしまいそうに儚げで、幻想かはたまた詩から生まれたおんななのかと思えるほどにうつくしく、頷いた男の手を縋るように握り締めてきたときの瞳など、蠱惑そのもののようでもあった。それが今や、松茸を食べたいのだと言って赤松を強引に自室へ連れ込んでしまう有り様だ。目元の隈は薄れ、血色の良くなった頬も、艷やかになった唇も、調子が良いのは眠れるおかげだと浮かべる笑顔も、見違えるほど明るくなった。
「もういいですかねぇ」
「もう少しじゃないかな。ああ、そろそろ火は弱めた方がいい」
「これがわたしから生えていたなんて、すごいですねぇ」
 そう言うと、胤森はにこにこと笑いながら赤松の洋袴を引っ張って無理矢理に彼を座らせる。そしてそのちいさな頭を萎縮する男の肩に預けてしまうと、満足そうに「先生」と呟いた。
 赤松はなにかを返そうとして、これ以上を話すとまた彼女が眠りに落ちてしまうことを恐れて、止めた。どうせ、碌でもないことを口にする。そんな予感だけがあって、そんな予感がするほどまでに入れ込んでいるとは思っていなかった男は、気付かれぬように自嘲する。
 ――胤森君。オレをこんなにして、君は楽しめたのか?
 詩にならなくとも、女はうつくしい。
 男を堕落させるためだけに、胤森柘榴は微笑んだ。

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