
序破急のマナー
出逢いは偶然が良い。
偶然が重なっていけば、尚良い。
行きつけの喫茶店、取ろうとした本、誰にも会いたくない時に逃げ込むところ―――「たはは、また会っちゃったね」暗がりで申し訳無さそうに場所を譲れば、女は当然のように一人分のスペースを空けて座り込んで、それから立ち去ろうとする男をじっと見つめるようになった。その危うさへの罪悪感など欠片も無く、男は女の隣に自分の席を確保することに成功したのだ。
「ヒョウ太さ、くん……は、ともだちが、いないの?」
ヒョウ太は飲み込もうとしたコロッケパンが喉で閊えるのを感じて、あくまでも冷静を装って牛乳パックのストローに口をつけた。ちいさく首を傾げてみせる女、ザクロからそんな心配をされるような“キャラクター”で近付いたつもりはなかったからだった。服部ヒョウ太には広い交友関係がある――そういう人間だと覚えられるようにも動いていたはずだとこれまでの計画を頭の中で確認し、ヒョウ太は「いるよ、いるいる。い〜っぱい居るってばぁ」といつものへらへらとした笑みと共に軽く返すに留める。
するとザクロは、しかし彼女はと云うべきなのか、突拍子もない質問を投げた張本人にも関わらず「ふぅん」とだけ呟いて自身の昼食(木曜日は決まって冷凍食品と思しきオムレツとコロッケが並んでいる)へ集中してしまったので、ヒョウ太はなんなんだと言いたい気持ちを堪えながらパンを齧った。
――予想通りのことしかしない、規則の内におとなしく収まる、ただの、ただの女。
それが何故、問いかけてきたのか。
それで何故、何事も起こらないのか。
ヒョウ太は―――ドラマのために用意した架空の男を演じるロブ・ルッチは、釈然としない気持ちのままにザクロを見つめ、不愉快な油に塗れた口の周りを舌で舐めた。いつの間にかやってきた小鳥がおこぼれを求めうろついている。チャイムは四分後に鳴る。彼女はいつものように食べ終わらなくて、残りをここに捨てていく。それから教室に戻るザクロはいつものように挨拶もなく、振り返ることすらせず、変わらないすがたでまた明日も此処に来る。
じょ、は、きゅう、胸の中で呟いて、ルッチはやはり女を見つめていた。
今になって予想から外れていくこれを、いったいどうしてやるべきなのかと考えながら。