
鉄と心
そこには、死体があった。
「小十郎、手は出すな。Hey――行ってやりな」
言われずとも足は動いた。駆け出していた私を止めるものはなかった。
近付いてみれば、死体があった。爪痕のような刀疵、雷に打たれたような焦げ付き、脂の溶けた臭いがする亡骸の傍で膝をついてみれば、その顔が小綺麗な面立ちをしていることに気が付いた。ひどく神経質そうではあるが、それすら彼らしく、なにもかもの線が細いことには、いっそ微笑ましさまで覚えた。
――――私は。
私はいまはじめて、あなたを知っている。
「又兵衛様、柘榴にございます」
左手に触れる。あまりにも容易く持ち上がった。安堵と共に込み上げてきた落胆は、奇刃を握ったままの右手が動きだすのではないかと期待していたせいだった。双眸が憎悪の念を帯びながら再び見開かれるのではないかと、夢想していたせいだった。
あれほど憎んでいた伊達に、その刃は届かなかった。
片倉に致命傷を負わせることも出来ず、竜の爪に裂かれて死んだ。即死にこそ至らなかったが、無駄な苦しみはなかっただろう。そう願う。
「又兵衛様。おひとりのまま、いかれたのですか」
後藤又兵衛を失った浪人衆に戦う意思は無かった。何人かは去り、何人かは残り、そしてその内の何人かは、思い思いに泣いていた。口を開けば恨み言が出るような御人だろうが、どんなに理不尽で恐ろしかろうが、我々は、又兵衛様が居なければ進む方向さえわからない木偶ばかりだった。
あなたのふらつく視線の先が、明日だった。
血生臭く、傷の絶えない――あなたが居てくれる明日だった。
私は強く、つよく、後藤又兵衛の手を握り締める。返ってくるものはなく、ただ、冷えた体を痛めつけただけであった。