
欠片ほどのことわりで
痩せぎすの、今にも倒れるか死ぬかしそうな女。その薄い唇へ控えめに乗せられた赤色は暗い部屋の中で浮かび上がっているようにも見え、不釣り合いで、滑稽だった。
「昨日の殺し、あなたでしょ」
答えない。返答はそれで済む。あけびは呆れた風な目配せをひとつ寄越すと、いつもの紅を取り出す。舐め取ってやったそれの苦味が残る喉は無感動のまま唾を飲み込んだ。今度こそ上手く塗れたと微笑んでみせる姿にも、やっぱり赤は似合わねえ。
こいつの色は、こいつは――――
「答えないなら言ったげる。そこの角で死んでた男よ、灰人さんの斬り方だった。見間違えるはずがない。あたしの客だってこと知ってて殺ったの?」
「野郎を殺ったヤツを見つけたところでオメエになにができんだよ」
「なにも。できたとして、なにもしないわ」
手を伸ばし、塗られたばかりの血の色を拭う。拒まない。綺麗に結われた髪へ指を掻き入れ、乱していく。拒むはずがない。これも、あれも、許すのはオレだけかと聞けば、こいつは迷いなく頷くだろう。誰に聞かれてもそうするように。
「……どうしたの、灰人さん」
あけびは、あけびと呼ばれている。
本当の名を誰も知らないから、オレもあけびと呼んでいた。だが、オレは感じ取っていた。あけびがオマエの真名ではないことを。此処では親から名を貰えないやつも当たり前に居るし、わざわざ名を捨てるやつだって珍しくはない。今まで気にもしなかったそんなことが、……オレは、あけびをあけびと呼ぶしかできないことに、苛ついてしまう。沈黙から読み取るのが得意なあけびは、何かを思い付いたように目を開いたかと思えばすぐにオレの頬を両手で包んだ。正解に限りなく近い不正解を選べる女だった。
「フフ、フフフ……ごめんなさいね、野暮なこと言っちゃった自覚はあるの。もうしないわ。他の男の話なんてもうお仕舞いよ」
欲しいのは、オレが欲しいものはそんな言葉じゃない。
誰にでもくれてやれるものしか寄越すつもりがないなら、――それに値を付けていくのがオマエの仕事だ。わかってる。それでもだ。それでもオレは、それならもう。
「…………なにをすればいい?」
「え?」
あけびは、黒だ。真っ黒な髪と、真っ黒な瞳。何色にも混ざらない色。どんな色でも、カネと引き換えにあけびは受け入れてしまう。黒の中に溶かしてしまう。すべてを等しく、同じように。黒は、オマエは――――誰のものにもならねえ。
「なにをすれば、オマエは赤くなるんだろう」
「……灰人さん、あたしを見て」
「オマエは黒だ」
「綺麗な赤を塗ってるの」
「………………まっくらだ」
「真っ暗だから、かなしいの?」
「いや…………いや、ああ、」
「薬が、切れそうなんだ…………」