
All you need is faith
人間の住処というものは、悪臭がするものなのだな。
と、バイコーンは予てより懇意にしてやっていた女の住居へ踏み入れるなり顔を顰めた。築何十年と経過しているアパートの扉はドアノブを捻るよりも取り外す方が容易で、風通しの良くなった薄暗い一室は先程より幾らかマシな空気になったようだったが、バイコーンの表情は変わらない。
そして、数分間続いた沈黙の後。
「……おい、女」
不承不承と口を開いたバイコーンは、しかし返答の無いことに再び表情を歪ませる。些細なことで騒ぎ立てたり、人を食ったような態度で見上げられるのも腹立たしかったが――静かになったらなったで気に入らない。舌打ちをしても『あーあ。そんなことしたら幸せさんが驚いて逃げていっちゃうんですよ。あははははっ』などとふざけたことを言いながら走り回ってすっ転ぶ、笑っていた、女は。
――なぜ死んだ。
「勝手な真似を。我に断りもなく、……身勝手なッ!」
貴様。そう言って、言い聞かせるように同じ言葉を繰り返しても、女は何も答えようとしない。応えない。
「バイコーンさんって、どうして生きてるんですか?」
クッションに突き刺さったフォークを抜きながら、女は唐突にバイコーンへ問う。掻き毟っていた頭部は悲惨なことになっていたが、バイコーンは指摘もせずに鼻で笑う。
「なんだ、いきなり。また愚者なりに世を憂いたか」
こうした問いはいつものことだった。大抵はバイコーンにとってくだらない質問であり、今回もそうだ。だが、暇潰しにもならない問答をしたがる女に付き合ってやるのをバイコーンはそれなりに愉しんでいた。
「我は憤怒の神だ。下天の儀を経た今は超神だが、憤怒の念と共に在ることに変わりは無い」
「それで?」
「貴様の憤怒に興味がある――それが理由では不満か」
「…………あはっ」
見ていて飽きない存在だ。だった。女は、バイコーンの知る女は、さっさと切り捨ててしまえばいいような苦痛を憤怒に変えて抱え続け、苦しい苦しいと言うくせに超神が差し伸べる手を払い除け、抱えきれないならば引き摺ってでもすべてを我が物としたまま、決して誰にも触れさせなかった。無論、憤怒の神であったバイコーンにもである。
バイコーンは彼女のそういう気質を、好いていた。誰の目にも明らかだった――終ぞ、認めようとはしなかったが。