毒の回路

先生シェンション
 と、毒蛇が甘い声で囁く。
 安ホテルの浴室で反響するその声は情事のそれを思わせた。
 内臓のついでに理性まで溶かしてしまったのか、血流を阻害するものが死の間際に恍惚を与えているのか、ただ、蜜のような嬌声へ引き寄せられたようにF.A.N.Gファンは応えた。長身を屈めてやれば、毒を持つ蛇の――おんなの吐息が、耳を撫でる。
 そして、F.A.N.Gは不快感に眉を顰めた。
 煩わしい熱を持ったような気がしてならなかった。男が仕込んでやった毒ではない、生来の魔性が、失われたはずの彼の欲望を刺激していたからだった。
 「この程度で浮かれるな」
 息をしているのか確かめたかっただけだ。そう続けながらバスタブの縁に腰掛けたF.A.N.Gの言葉にこくこくと頷いても、彼を見つめる女の瞳は情慾の色に染まって、浮ついた視線が何度も男の唇をなぞっている。
 ――普通ならば死ぬか、半身不随で上等な、それくらいの量を盛った。
 己よりも強い毒に侵された蛇は、浅く繰り返される呼吸へ紛れるようにして、先生、先生……と繰り返す、それで意識を保っている。かび臭いタイルの上で斑模様を描く黒髪が抜け落ちてゆくのを気に留めることもなく、女は、自身を阿鬼とした少女は、血と汗と毒が入り混じってそぼつ手を伸ばした。
 助けを求めたわけではない。だとしたら拒んでいる――短剣へそうしていたようにいつまでもF.A.N.Gに触れないでいるA.K.I.の手を掬うように、彼の手がそっと重なる。
 「……先生?」
 「…………」
 「先生、……阿鬼に、ごほーび、デスか?」
 F.A.N.Gは、なにも言わなかった。
 沈黙のなかで、しなやかな毒手が絡み合う。頬を染めたおんなが、どくの濃くなったことで咳き込んでを吐いた。おとこはじっとそれを見ていた。育て上げた毒蛇は、F.A.N.Gを見つめ返しながら口元の血を舐め取ると、恥じらいながら嫣然と微笑んでいる。
 うつくしかった。
 ……だから、F.A.N.Gは再び眉を顰めるしかなかった。

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