駆け足でおいで!

 ドッソレスのビーチにおいても、彼女は軽やかにトターを置いていってしまう。
 陽射しを物ともせず水着だけではしゃいでいるその姿は、まるで年端も行かない少女のようだった。トターはというと、さすがにコートを脱いだくらいの変化だったが――
 トターは額から垂れてきた汗を拭い、目を細める。暑い。譫言のように言った。
 サルゴンの密林の暑さとも、積雪に反射する光とも違う。
 耐えることには慣れている。ここで仕事をしろと言われたらする。だが、正直なところ、なるべくなら長居はしたくない。観光都市らしい賑やかさは却って神経を尖らせるし、テラに存在する文明の例に漏れず、ここも随分ときな臭い。いつなにに巻き込まれるかわかったものじゃない。クロスボウを抱え直して、トターは白い砂を踏む。
 ――この足で、この環境か。
 トターは溜め息を堪えながら、翼でも生えているのかと疑いたくなるほど自由に砂浜を走るザクロ姿を目で追いかけた。あっという間に目の届かない場所まで行ってもおかしくない。けれどいつだって、こんなときですら、彼女はまた・・トターを待っている。近付けば近付くほどに見えなくなってゆく表情は、いつだって笑っているのか泣いているのかわからなかった。どこまでも遠くに行ってしまえる彼女の足が、自分のために立ち止まっている。
 待たないでいい。そう言いたかったが、いつも言葉に出来なかった。
 ――何度も振り返ったりしなくていい。
 いっそ、見えないほど遠くへ去ってくれたらいい。
 ――そんなに確認しなくたって、俺は何処にも行けやしないんだ。
 大丈夫。大丈夫だから。いつの間にか声に出していた言葉が、トター自身の足を絡め取る。左足が重い。いいや、違う。痛み止めのせいなのか、身体中が重たかった。
 ――こんなはずじゃなかった。
 駆け足で引き返してくる女に、トターはただ首を振る。
「……向こうでみんな待ってるっていうのに、どうして戻ってくるんだ」
 置いていってくれ――――置いていかないでくれ。
 俺を選ばないでくれ――――――相応しい場所が他にあるだろう。
 ザクロ、と名を呼ぼうとした喉は縄で絞められたように縮こまって、呼吸すら許さない。トターの目では笑っているのか泣いているのかもわからない彼女は首を傾げて、彼の腕に手を絡ませる。
「あなたが居ないと楽しくないよ。それだけじゃだめ?」

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