雛の手を捻る

あにさま、兄さま」
 父上の血を濃ゆく受け継いだ末妹が、まろい声音でワシを呼ぶ。戦を知らず生きてきた娘。関東平定――織田が天下を一つとした日に産声を上げた姫は、もうじき十載になろうとしていた。
 柘榴。生まれたばかりのその子は屍骸の吐く呪いのように甘い匂いのする名を付けられ、しばらくを父上の腕の中で過ごしていたが、後に「飽いだ」の一言で放り投げられることとなる。
 それからはワシが面倒を見ていた。
柘榴も兄さまと一緒に行きます」
「一緒に……鍛錬場へかい。お前にはつまらないんじゃないか」
「でも、兄さまも居られるでしょう?」
 四度目の兄さま・・・は信雄のことを指す。いまいち言葉の足りないのは柘榴の悪い癖だった。……しかし、連れて行くのは構わないが、あれが良い顔をするだろうか。兄弟姉妹の誰よりも父上に似ている末妹の瞳から顔を背ける弟のすがたを思い出しながら、愛らしく膨らむ頬を撫でた。
「公家がお前を見たら鞠と見間違えるかもしれないねぇ」
「……兄さま、兄さまはどうして柘榴のことがお嫌いなのかしら」
「それは――」
 お前がそのように生まれたからだよ、などと言っていいものか。
 ワシの沈黙に不安がる、そのうち泣き出してしまいそうな柘榴の眦にくちづけて、お前をあいしているのはワシだけなのだと教えてやりたい衝動を宥める。父上が呉れたお前はきっと壊れやすくて、壊れたらとても、ああとても――――綺麗だろうと思うのだけれど。
 柘榴が袂を引っ張り、答えを求めている。ワシはまだ告げられないことばを呑み込んで、やさしい兄の貌で微笑んでやる。お前の望むものとは違うね。奇遇なことに、ワシもなんだよ。
「ま、いいか」
「兄さま?」
柘榴、転げぬように兄さまが手を繋いでやろう。弥助のことは覚えているかい、ヤツに姫を負ぶってくれと頼んでみようか」
「わあっ」
 途端に顔の綻びるお前の手を取ってやり、ちいさな指に頼られれば、ほんの少しだけ満たされる。この先になにがあろうと、柘榴、お前の涙だけは他の誰にもやらないよ。
 ぜったいに、誰にもね。

送信中です