罪過氾濫

 熱々のチキンに齧り付きながら、いつものように眉間に皺を寄せている祖父を見る。恐らく、私の所作のひとつひとつに説教の為所を見つけては我慢しているのだろう。わざとチキンを片手に持ったままドリンクバーで思うがままに混ぜたジュースを飲んで濡れた口元を指で拭うと、その皺は更に深まった。
「食事の場でとやかく言いたくはないが」
 言いたくはないが、言いたくなったらしい。
 けれど、ファミレスで説教なんてされたくない私は彼が次に口を開くタイミングを見計らってグラタンをたっぷり掬ったスプーンを彼の口元へ運ぶ。一度口付けたものを食べないわけにもいかないという心理を突いた私の作戦は見事に成功して、熱かったのか顔を顰めた祖父の顔をすぐさまカメラに収める――これは、見せてもいいフォルダに入れておこう。
「ふふ、エビあげちゃった。おいしい?」
 お髭にソース付いてるよ。と、言いながらおしぼりの包装を開けてあげる私はまるでよく出来た孫だ。原因を作ったのも私、ということを見て見ぬふりすれば。
「おじいちゃん、デザートも頼んでいいかな」
「…………甜姫
「いい?」
「………………好きにせよ」
 祖父はいつでもよく出来た祖父だ。私が最初からこれと決めていたメニューの番号を確認して紙に書き込んでいる間にワイヤレスチャイムのボタンを押してくれた彼に「ありがとう」と言えば、やれやれと言う風に笑みが返ってきた。
 昔から、祖父はこうして私を甘やかす。あれが嫌いだこれが嫌いだという我儘には厳しかったけれど。学校に行きたくないとメールを送れば車で迎えに来てくれて、そのまま両親に黙ってドライブに連れ出してもくれる。帰りたくないと言えば何も言わず泊めてくれたし、苦しいことや悲しいことがあればいつも側に居てくれた。それだけで痛みを癒やすことなんて出来ないけれど、私はそんな優しさが嬉しかったし、そんな祖父のことが大好きだった。けれど、ひとつだけ不可解な点があった。一度気になってしまえば理由を聞かずにはいられなかった。どうして私にだけこんなに優しいのか、と。理由が要るのか。当然の疑問を呈した祖父に私は頷いた。私が納得できるだけの理由を私は欲した。そして、私たちが辿り着いた答えは――
「徳謀さん」
「……無闇に名を呼んでくれるな」
「だって、そういう気分になったから」
「尚更だ。場を考えよ」
 店員さんがティラミスの皿を机に置いて、去る。ごゆっくりはできそうにない。祖父の視線はデザートスプーンの動きに合わせて私の手元から口元へと移り、そのまま唇へ固定された。私も彼も、条件反射が出来上がってしまっている。
「徳謀さんのえっち」
 揶揄えば、祖父は薄笑いを浮かべて「確かに、流した浮名は数えきれんな」と自嘲した。そんな彼を私は大いに笑った。孫を見る目か、女を見る目か、どちらとも言えない瞳の中で、私は“私”で在り続けたかった。

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