魔法でもなければ

 彼は――私の主は、人形が好きだ。
 望んだ通りに動き、決して逆らわず、ただ静かに耳を傾ける。ホワイトが私に求めたのは人形たちと同等の働きで、私はそれに応える生き方を選んだ。彼が望んだ通りに動いて、決して逆らうことはない、言葉には常に耳を傾けて、飛び降りろと命ぜられれば飛び降りた。人を拐い吊し上げ、血抜きをして調理した。幾つかの臓物を繋ぎ合わせるために夜なべして、毎朝毎晩たっぷりの氷で満たされたバスタブに身体を浸し、私は彼を愛していた。
 あいしている。心の底から。人形にはこころなど無いのに。
「ボクのことが好きだと言え」
 ホワイトの手が、私の手を取った。あんなに嫌っていた体温を探るように頬を擦り寄せて、私を見つめている。鮮血の色をした瞳が揺れて、そこに映る、かつて完璧だと評された私の姿が歪んでいく。彼のための生きた人形が命令を聞かなかったのは、これが初めてのことだった。そのせいだろうか、動揺しているようにも見えるホワイトは肩を震わせ始めると、恐る恐るといった具合に私の体を抱き締めた。
「言え。言えよ。言えったら……」
 綺麗なひと。素敵なひと。あの日、あの時、私たちは御約束しましたね。私はあなたの人形で、あなたは私の御主人様で、それは永劫に違えられないものだと確かめあった。美しい、とてもうつくしい月夜のことでした。覚えていますか、青白い月に見守られながら私が飛び込んだ川の冷たさ。笑いながら追いかけてきてくださったあなたの――「おねがいだよ、柘榴

「キミのことが……すきなんだ…………」

 ああ。聞こえるか聞こえないかわからないほど小さな声が、私には聞こえる。
 ――――私もです。わたしも、あなたのことがすき。
 ずっとずっと、だいすきです。あなたを見たわたしを見つけたあなたの瞳に、ずっと恋をし続けている。けれど私は人形で、人形は何も喋らない。あなたの気まぐれすべてを叶えてきた。でも、こればかりは、これだけは、口にしてしまえば、終わってしまうでしょうから。すべてが終わって、すべてが変わって、永遠は失われてしまう。私はそれが恐ろしいのに。あなたもきっと恐ろしいはずなのに。
 この舞台を降りようと云う、あなたはどうかしてしまった。
柘榴
 わたしの名を呼ぶ弱々しいあなたの声。私はただ静かに耳を傾ける。
 彼の愛する、人形として。

送信中です