
*さずにはいられない
爪の中に肉と血が残っていたので、いつものように口へと運んだ。あの執事は役に立つときと立たないときがある。獣が毛繕いをするように舐め取れば、ざわつく心が穏やかになった。物足りなさを覚えながらもどうしてこんなことをしているのだろうと疑問を抱き、しかしすべての指を舐め終わる頃、漸く、漸く自分が誰の味を楽しんでいたのかを知る。
――その男は、静かに私を見つめていた。
「ハルシン。……これは、その」
違うんだ、とは言えない。眉間へ皺を寄せる男の目には、小細工など受け入れないという確たる意思が宿っている。……ただ、言葉を待っているのだ。偽りのない言葉が続くことを信じている。彼の背中には裂傷が残り、今この時も痛んでいるはずなのに、そこに怒りや憎しみが見て取れないのは、とても不思議なことだった。
こんなひとを、私は知らない。けれど、このひとはたぶん、私があの衝動と戦うために必要なひとだ。
……それだけは、ちゃんとわかる。
両目から血よりも熱いものが流れ落ちて、ハルシンは何も言わず私を引き寄せた。なんて優しいのだろう。波打つようにきつくゆるく抱き締める両腕が、温もりが、穴だらけの脳が膿を吐き出すほど嬉しい。悍ましい。吐きそうだ。
「ああ、オーク樹の父よ。この者の心が均衡を失い、闇に食い潰されてしまわぬよう――」
お前の祈りを、穢してやりたい。
「我らが迷わぬよう、守りたまえ……」
ハルシンは、ハルシンの胸は裂かれるのを待ち、心臓が口付けを欲しがっている。歯を立てられ、噛み千切られ、咀嚼されたがっている。内臓の悉くが解放されるのを待ち侘び、空っぽになった場所に私の顔が埋まるのを楽しみにしている。首筋の浮かび上がる血の管から噴き上がる鮮血を浴びたい。この腕が少しずつ細切れになっていくのを楽しみたい。お前の脳の味を知りたい。冷たくなった大きな体の上で眠りたい。お前を殺したい――――殺したくない。
「ハルシン。ハルシン、もうやめてくれ、どうか離して」
「離せばどうする。何処へ行く、そんな顔で」
お前の居ない場所へ。そう答えようとして、喉が詰まった。だってきっと、そんなところ、すごく寂しい。
「…………大丈夫だ」
信じられない、私はおかしい。