
フェイタルシンドローム
モテるために買ったアストンマーティン・ヴァルキリーの助手席へ最初に腰掛けた女が「ごめんね」と少しも悪怯れないで言う。俺は既に視線を外へと向けていたその女へ「貸し一つだ」と返して慣れない席に座り直すと、姉を乗せた車を発進させた。
二人きりの車内はいつものように、会話らしい会話など無い。ぼんやりと流れる景色を見ているんだか見ていないんだか、あわよくばこのまま無言で切り抜けてやろうという魂胆が透けている。気に食わない――昔からそうだった。ザクロは俺を嫌っている。いや、俺に限らず人間という人間を嫌っている。嫌っていた。…………その筈だった。こいつは俺のものにはならないが、その代わり誰のものにもならない、その筈だったんだ。
「外したらどうだ。誰も見ちゃいねぇだろ」
「…………なにを?」
「……その飾りだよ」
薄い耳に付けたイヤリングは肉にキツく食い込んでいた。ドレスに合わせた華やかな化粧は今までに見たどんな姿よりも似合っていないし、薬指の指輪は俺の年俸の何分の一の価値しかない。相応しくないものばかり身に付けたこの女は、「ふ」と鼻で笑ってから口を開いた。
「気に入ってるの」
――お前を傷付けてるものを?
言いかけて、呑み込んだ。一杯くらいならいいだろうと入れたアルコールのせいだと思った。今までお前が付けた傷と比べれば可愛いものだろうと嗤うようにイヤリングが揺れている。
招待状なんざ来ていなかった。
DMを寄越してきた女の中から摘み食いでもしてやろうかとSNSを開いたら、偶然。親族のひとりがお節介にも――あるいは何も聞かされてないのか――ウェディングドレスを着たザクロの写真を送ってきていた。
それで、俺は…………俺は……気が付いたら、こうなっていた。
急遽用意された俺の席は、親族のための席から最も遠い式場の隅っこ。居ないものとして扱われながら来なけりゃよかったと拍手もせずに、しょぼくれたケーキにナイフを入れる姿がよく見えないことだけがラッキーかもなと思いながら壁の模様の数を数えていた。
俺以外で行われた大騒ぎの後、先に酔い潰れてタクシーへ詰め込まれた男――クソ、あれが義兄になるなんて忌々しすぎる――は、ザクロの趣味を改めて疑わざるを得ないようなやつで、小突けば骨のひとつやふたつ簡単に折ってやれそうで、そんな男を選んだこいつのことも、心の底から気に食わない。
「アダム」
「あ?」
驚いた。姉が俺の名前を名前を呼ぶのは本当に珍しいことだった。それから、俺はもっと驚いた。ザクロが俺を見つめて微笑んでいたからだった。
「そんなに欲しかったなら、言葉にすればよかったのに」
なにをだ。なにがだ。――なんてことを言うんだ。
「今日は良い日ね」
このまま連れ去ってしまおうか。このままどこかに衝突して、一緒に死んでやろうか。赤信号を目前に速度を緩めながら、俺はザクロが言ったことの意味を考えていた。横目で見た姉は、またつまらなさそうな顔をして窓の外へと視線を向けている。