戀を患い春を待つ

「…………さむい」
 そこにあるはずのぬくもりがなかったから。
 手を伸ばしてみても掴めるものは布団の端っこだけだ。冷たい畳に触れてしまった指を引っ込めてから、暖かい毛布から顔だけ出してみる。仄暗いお部屋。木炭のぱちぱちという音がするので、火鉢を熾しているのだろう。じゃあ、熾したひとはどこ?
「ぜく……さん……?」
 声に出せば虚しくなる。居るはずのひとが居ないというのはこんなにさみしいことだったかしらと天井を見つめてみれば、彼の肩越しに見ていたときと距離や模様すら変わったように思えた。
 ――――ああ、これはもう、患っている。
「呼んだか、嬢ちゃん」
「……呼んでない」
「まぁたまた。これの耳には甘えた声が聞こえたのだがな〜」
「じゃあ、呼んだことにしてみる」
「そうしてくれ。かわいいかわいい柘榴の声を聞き逃すほど儂は老いぼれておらんからな」
 よっこらせ、と言いながら是空さんはあたしの枕元に座る。好々爺然とした眼差しをこちらに向けたかと思えば「寂しくなって目が覚めたのだろう」と意地悪そうに笑う。前後が違っているけれど、概ねその通りだった。ふと目が覚めて、あなたが居なくて、恋しくなって、それを認められなくて拗ねてる。
 是空さんの年の功なのか忍びの技というやつなのか、こうやって図星を指されることがよくあった。その度に、……ええと、なんて言ってたかな。
「不失正鵠か?」
「あ。もしかしてまた読心術?」
「まあそんなとこだ、柘榴のことならなんでもわかるぞ。さて、起きたなら茶でも飲んであったまりなさい」
 視界の端から湯気が広がる。そして、玉露の香り。寒さに身を震わせながら身を起こせば肩からずり落ちていく毛布をぱっと掴んだ是空さんの手が、あたしの肩に掛け直してくれる。
「寒いからな」
 そう言って、やさしく、あまく、あたしを見つめる。
 くちづけをねだりそうになる。物欲しそうに見つめ返してしまう前に、誤魔化すように湯呑みを取った。
「い……いただきます」
「どーぞ、火傷せんようにな。そうだ、ふぅふぅしてやろうか?」
「遠慮しまぁす」
 ねえ、あのさ、このために布団を抜け出したの?――こんなもののためにあたしに寂しい思いをさせたの?
 患っている。患いながら、春を待っている。
 目覚めたときにあなたが居なくてもほんの少し大丈夫な気のする一日にだけ、あたしはだいきらいを告げる練習ができる。あなたが居なくなっても大丈夫になれるように、あなたのことをだいきらいになりたい。だいすき。だいきらい。あいしてる。こわいよ、あなたに置いていかれるのがこわい。
「……はやく、春にならないかな」
柘榴は春が好きか」
「うん、すき。四月が好きなの」
「そうかそうか、はやく春になるといいな。……どれ、炭の様子を見てこよう」
 行かないで。言葉を玉露と共に飲み込めば、滲んだ視界のなかにあるあなたの背中がひどく愛しい。

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