
淫するは易し
ザラック族の丸みを帯びた平たい耳が顎の下辺りでぴくぴくと動くのを感じながら、トターはそっと目蓋を開けた。慎重に、わざとらしいほどゆっくりと。照明の落とされた部屋の中にありながら、眩しさの中に置かれた人が光に目を慣らすときのように。その動作は彼の意識が未だ微睡みのなかに沈み込んでいるようで、しかし其の実、トターの意識は歴戦の傭兵らしくはっきりとしていた。割り当てられた個室の前を行き交う人の数と、抱えている用件の緊急度、ついでに種族を足音だけで当てることができるほどには。
「ザクロ、起きてるんだろう?」
トターはようやくはっきりとした――させた、と云うべきか――視界と、自身の胸元に収まる小さな頭へ負けず劣らず小さな声を掛けた。確信を以て穏やかに掛けられた男の低い声に反応し、再びぴくぴくと動いた耳が今度は彼の喉をくすぐる。ザクロと呼ばれた女は男の広い胸元へ顔を埋めるようにぐりぐりと押し付けながら「とたぁ……しごと……」と不明瞭に呟いて、確かに目覚めているのだが、起き上がろうとも顔を見せようともしない。
「ああ、そうだ、仕事だ。だからそろそろ――」
「わたしも、しごと」
「だろうな。じゃあ起きるか?」
「いや……」
「嫌か。そうか…………参ったな」
「トター」
「なんだ」
「参るのがはやい」
「そいつはすまない」
そしてトターは胸元から聞こえてくるくすくすという笑い声に耳を澄まし、ザクロの髪を手で梳いてみる。手慰みには贅沢すぎると密かに口角を緩め、彼女がその手を取って口付けるまで。
「トター、おはよう」
「おはよう。なあ、もうちょっと離れてくれよ。顔がよく見えない」
こうして――トターが“参った”とザクロのわがままを聞いてやる振りをするまでが、彼と彼女の決まり事だった。熱心なわけでもないが、仕事を放り出そうとはまるで思えない二人の戯れだ。男よりも幾分かロドスに献身的な女が早々と身を起こせば必然的に去っていく温もりを追いかけるようにトターも起き上がると、ザクロは暫く間を置いてから、肩を揺らして笑いながらこう言った。
「トター、雛みたいに私の後を追ってしまったらいつまでも近いままだよ」