ちゃんといいこにしてなくちゃ

「はい、どうぞ。熱々だから気を付けて」
 コトンと置かれた湯呑から、緑茶の匂いが湯気と共に立ち上る。触れると熱い。引っ込めた手を再び膝の上に置いた。柘榴さんは卓袱台の上に鎮座していた菓子盆からひとつ摘んで残りをオレの前まで寄せると、そのままオレの真横で腰を落ち着かせてしまった。なんでだ。口を突いて出そうだった言葉を飲み込んで、立っても座っても小さな柘榴さんの頭を見つめる。
「もしかして、村雨くんって遠慮しい?」
「え。いや……そう見えますか」
「だって、さっきなんにも手ェ付けようとしないし。今もほら」
 縮こまってるみたいに見える――らしい。そんなつもりは無かった。
「こっちもアカネちゃんから『村雨をよろしく』って言われてるんだよ。そんなに余所余所しくされてちゃ後からなんていじわる言われるか……村雨くんならわかってくれるでしょ?」
 と、わざとらしく唇を尖らせて拗ねてみせながら主張する柘榴さんに、オレも『柘榴をよろしく』って言われてるんスよと返してやりたくなり、思い留まる。あの人の意図はまるで読めないが、もしかしたらオレがこうして困ることを何処かから覗いて楽しんでいるのかもしれない。
「遠慮っつーより、……なんて言うのか」
「うん」
「緊張してるんスよ、オレ。こう見えて」
 マキさんの従姉妹らしからぬ雰囲気と、似ていなくもない横顔。暴力だとか嫉妬だとか、そういうものとは無縁そうな空気を纏っているこの人は、どうしてかオレを気に入ってくれたようだった。オレの過去を、しでかしたことを、知っているのに“普通”に接してくる。苛立ちはしない。ただ、…………どうすればいいのか、わからない。
「……ええ?」
「変でしょう?」
「変……っていうか――ちょっと、かわいいかもね」
 柘榴さんの瞳の中には、困窮したオレが映っている。
 ――目の前に、ケーキがひとつあるとする。オレは迷いなくそのケーキをなんとか三等分して、マキさんと、ハルマさんと、柘榴さんに配る。オレはそれを見てるだけでいい。それを見ているだけで、オレに欠けていたものが埋まっていく気さえするはずだ。
 けれど、あんたは。
 柘榴さんは。
「食べなよ、村雨くん。私だけじゃ食べきれないよ」
 だからオレは、これ以上。
「村雨くん?」
「……すみません」
「やだ、謝らないでよ。どうしちゃったの?」
 あんたに優しくされたくないんだ。そう言ったら困るでしょう。あんたにオレを知られたくない。これ以上、それ以上は、オレは、オレがどうなってしまうのかもわからなくて、涙でも流すしかなくなるよ。

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