
美しいものばかりでは
「何度も言うようで気が引けるんだが……お前さん、そろそろ本当に考え直した方がいいんじゃないかねえ」
「何度も言うようで気が引けますが、はいそうですかと簡単に鞍替えするほど軽い女ではありません」
通算にして、九十九回目の忠告だった。
絞り出すような忠告を同じ数だけ突っ撥ねてきた女は、今度も同じように払い除けながら澄ました顔で男の杯へ酒を注ぐ。三十を数える頃はまだ泣きそうな顔で黙りこくっていたというのに、と、柘榴の横顔へ記憶を重ねながら龐統は溜め息を吐いた。
文武両道、品行方正。そして何より――美しい。
この世で彼女に好意を向けられて悪い気のする男は居ないだろうし、それは鳳雛と称されて久しい龐統も例外ではなかった。若さゆえの気まぐれも愛嬌があれば可愛いものじゃないか、そんな好々爺の心持ちで自ら側に置くほどに。
しかし。
周囲の、彼自身の読みも外れ――一方的な恋慕を露わにする女と龐統の関係はもうじき二年が経とうとしていた。隠遁先の庵へと押しかけてくるまでになった彼女を追い返す言葉だけは持たないまま、龐統は今宵も好きなようにさせてしまっている。
「……聞いたよ。また良縁の話を煙に巻いたそうじゃないか」
酒が不味くなる。そう考えて避けてきた話題を今さら取り上げたのは、ちょっとした意趣返しのつもりだった。しかし、思い通りに表情を曇らせたところで龐統の心は一向に晴れない。
――我ながら意地の悪いことを言った。
後悔と共に飲み下す酒の味に顰めた顔を柘榴から逸らす。だが、この隙に立ち去ってくれないものかと念じた龐統へ寄り添うように距離を詰められてしまうと、観念したように向き直った。
「柘榴」
「はい」
「お前さんは見る目が無いねぇ」
「そんなこと、……ぁ、あの、士元殿」
「おっと、酒が切れちまったか。ちょっと待ってな」
「わ、私が行きます!」
既に勝手を知る龐統の庵、二人から少し離れた酒の収納場へと向かう柘榴の姿をあっけなく見送りながら、龐統は再び深く息を吐いた。後退りしてしまいそうなほど純真な恋情を浴びせられ続け、なにも思わぬわけでも、応えてやりたくならないわけでもない。視線が合わさるだけで顔を綻ばせるような彼女のことを、ひとりの女性として可愛く思わないはずも、なかった。
市場へ赴けば無意識に柘榴のためを想いながら品を定め、そんな自分を忘れるために酒を飲む。戦場へ立てば時には敬愛する主君よりもその身を案じてしまうなんて――いっそ打ち明けてしまえば失望するだろうに――そこまで考えて、柘榴に嫌われること、その心が離れていく恐怖に身を竦ませた夜が何度あっただろうか。手の届くものであってほしいのだ、と、気が付いたときには遅かった。龐統は、言われるまでもなく恋をしていた。周囲に揶揄されるまでもなく、自覚もしていた。不釣り合いだと。彼女が心から龐統を愛するように龐統も柘榴を愛したが故に、その愛へ応えることを許さなかったのだ。
きっと、死ぬまで自由にしてやれないだろう。
龐統は彼女の視界の外だからと誰に聞かせるでもない言い訳を済ませると、柘榴へ向けて手を伸ばす。まるで羽ばたいてこその鳥を飼い殺す籠のようだと、老いた指を睨め付けながら。