かつての光

「おぬしも白髪が増えたな」
 夏侯惇の頭髪を撫で付けては乱しながら、曹操は感慨深げに――夏侯惇にはそのように聞こえたが、実際のところはわからない――そう言った。しかもついでとばかりに一本、毛を抜き取ったらしい。自らの血を分けた子にさえ許したことのない無礼を咎めもせず、寧ろ享受していた夏侯惇は、不意を突いた小さな痛みに顔を顰める。
「おい、孟徳」
 悪癖を諫めるときの声音だった。
 本気で止めたことなどきっと数えるほどだった。
 夏侯惇はいたずらな曹操の手を掴み取ってしまうと、彼のからだをそのまま組み伏せて「人のことが言えるか?」と、抵抗のひとつも見せなかった曹操の髪を軽く食んだ。長く伸びるその一束のなかにも、光を受ければ反射するものが混ざっている。
「……孟徳」
 曹操はただ、悪童のように「はは」と笑った。
 歳相応な皺の刻まれた、けれど蓄えた髭のまだ艷やかな曹操の口元は、微笑みのかたちを崩さぬまま再び男の名を呼ぶ。いつだってそれで、それだけでよかった。若い頃は貪るばかりだった唇を優しく重ねる。今でもまだ、思わず喰らい尽くしてしまいそうになる。夏侯惇は曹操の手をつよく握り締めながら、けれど壊さぬように存在を確かめた。
 曹操が望むのなら、いつまでも愛するつもりだ。
 曹操が望まぬとしても、永久に愛するのだろう。
 ――――夏侯惇。
 そのために生きている。

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